ヤマザキマリ「飢えは多くのことを教える」の真実 実体験で腑に落ちたラテン語の格言が意味すること

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ヤマザキ:ラテン語さんのその話からもわかるように、飢えとは現在の経済的な困窮だけを意味しているわけではありません。

イタリア語で飢えはfameと言いますが、空腹の意味以外にも使われます。枯渇感とか渇望とか強い願望とか、そういった意味もある。見方を変えれば、要するに思い通りにならないことへの苦悩です。

こうした苦悩に伴う他の感情、諦めや妬みや失意といったネガティブなものも含め、それはそれでプラスアルファである種のエネルギーを溜めることに繋がり、次のステップに繋がっていく場合もある。そういう解釈もできるのが、multa docet famesだと思います。

「テルマエ・ロマエ」を執筆する大きなきっかけ

ラテン語:ヤマザキさんがイタリアでお風呂を渇望した経験が、『テルマエ・ロマエ』に繋がるというのも、まさにmulta docet famesに当てはまるのではないでしょうか。

ヤマザキ:まさにその通りです。ポルトガルのリスボンにいた頃、築80年の古い家屋に暮らしていたんですが、床が抜けるかもしれないので浴槽は置けませんでした。お風呂に入れないと思うと、もうお風呂に入りたくて入りたくて仕方がなくて、湯に浸かっているじいさんの絵を描いていたら、まるで自分が入浴しているような疑似体験ができたんです。そこで思いついたのが『テルマエ・ロマエ』だったわけです。

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当時のポルトガルには、私が銭湯に通っていた頃の、古き良き昔の日本に似た空気があったこと、それと、ちょっと遠出をすればすぐに古代ローマ時代の遺跡があって、そこには立派な浴場の跡があったこと、これも『テルマエ』を執筆するための大きなきっかけとなりました。

そうした遺跡の浴場の跡地に行くと、ポセイドン神(海神)のような水回りにふさわしいモチーフの立派なモザイク画や、まだまだ使えそうな浴槽が放置されていて、それはもう悔しかったですね。なぜ営業してないんだ!と憤慨してました。羨望に怒りや悔しみといった感情がない交ぜになってできた漫画ですから、何でも手に入る日本に暮らしていたらあんな漫画描いていませんね。

ラテン語さん ラテン語研究者

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らてんごさん / Ratengosan

ラテン語研究者。栃木県生まれ。東京外国語大学外国語学部欧米第一課程英語専攻卒業。ラテン語・古典ギリシャ語の私塾である東京古典学舎の研究員。高校2年生でラテン語の学習を始め、2016年から X(旧Twitter)においてラテン語の魅力を毎日発信している(アカウント名: @latina_sama)。研究社のWEBマガジンLinguaにて隔月連載中(シリーズ名: 名句の源泉を訪ねて)。ラテン語を読むだけでなく、広告やゲームなどに使われるラテン語の作成や翻訳も行っている。

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ヤマザキ マリ 漫画家・文筆家・画家

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やまざき まり / Mari Yamazaki

1967年東京都生まれ。漫画家・文筆家・画家。東京造形大学客員教授。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。2010年『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン)で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。15年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。17年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ章受章。著書に『プリニウス』(新潮社、とり・みきと共著)、『国境のない生き方』(小学館新書)、『オリンピア・キュクロス』(集英社)など多数。

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