"引き出し屋"に1300万円で望みを託した母の闘い ひきこもりの息子は遠く離れた地で亡くなった

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異変は自衛隊を退職後に勤めた会社で起きた。勤続5年が過ぎたころ、悠一さんは突然出社を渋るようになる。ある日、欠勤したと思ったら、その翌日には退職。松本さんは後に周囲から、息子が新しい上司からパワハラを受けていたようだと聞いた。そしてこのときは、これが長いひきこもりの始まりになるとは、みじんも想像していなかった。

一方でひきこもりといっても、悠一さんは自室に閉じこもることはなく、家族とも会話し、家事なども手伝っていたという。ただ前歯が抜け落ちても病院に行こうとしないなど、外部とのかかわりをかたくなに拒んだ。

この間、松本さんは夫とともに保健所や自治体の窓口、ひきこもりの子どもを持つ親の集まりなどに何度も足を運んだ。しかし、そのたびに「精神的な疾患はみられない」「無理に仕事をしろと言わないように」などと言われるだけ。焦りと孤独感がおりのようにたまっていく。気が付くと20年が過ぎていた。

「行政は何もしてくれないでしょう」という殺し文句

そして夫の病死。松本さんの中で将来の不安が一気に現実味を帯びた。そんなとき、インターネットであけぼのばしの広告を見つける。松本さんはさっそく東京・新宿の事務所に出向く。2017年1月のことだ。

手渡されたパンフレットには、共同生活やカウンセリングなどを経て1人暮らしや就労につなげるというカリキュラムが掲載されていた。そこで職員から言われた「行政は何もしてくれなかったでしょう。彼らにはノウハウがないから」という言葉が、藁にもすがる思いだった松本さんにとって、契約を決心させる決定打となった。

それからほどなくしてあけぼのばしの職員5人が自宅にやってきた。悠一さんを連れ出すためだ。施設入居のことは悟られないようにと、事前に強く指示されていた。職員が2階の悠一さんの部屋に入ってから約30分後。悠一さんが階段を降りてきた。職員の1人から、説得の途中で泣き出したと教えられた。玄関で「がんばってこいな」と声をかけたが、悠一さんは下を向いたまま。部屋の窓から、施設の車両に乗り込む背中を見ると松本さんもまた涙があふれた。そしてそれが最後に見た息子の生前の姿となった。

入居後は毎月悠一さんが書いたという日誌のコピーが送られてきた。ハローワークに通い始めた様子がうかがえる一方で「警備の仕事がダメになってしまい、涙が止まらなかったです」「気持ちが焦っています」といった記載もあった。松本さんは心配で頻繁に施設に電話をかけたが、職員から「お母さんは過保護すぎる。がんばっている悠一くんに失礼だ」ときつく叱責されてしまう。以降は電話も控えるようにしたという。

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