"引き出し屋"に1300万円で望みを託した母の闘い ひきこもりの息子は遠く離れた地で亡くなった

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松本さんには忘れがたい出来事がある。あるとき職員が「経過報告」として携帯動画を見せてきた。そこにはその職員が悠一さんに対し「お母さんは900万円も出しているんだから、悠一くんもがんばれ」と“説教”している様子が映っていた。松本さんは「なぜお金の話なんてするんですか!」と抗議したが、職員はきょとんとした様子。松本さんは「悠一がこれ以上家族に迷惑をかけられないと誤解してしまう」と懸念したのだ。それでも仕事探しを始めたことは“成果”にも見えた。契約を打ち切る決断まではできなかった。

追加費用として385万円を振り込んだ

そして入居から半年後、職員から「悠一くんが熊本にある研修施設に行くことを希望している」という連絡を受ける。しかも出発は翌日だという。松本さんは悩んだ末に契約期間を2018年2月までに延長し、追加費用として約385万円を振り込んだ。

あけぼのばし自立研修センターとはどのような民間施設なのか。

あけぼのばしは、ひきこもりの子どもを持つ親などと契約を結び、当事者を自宅から連れ出し施設や寮に入居させる「引き出し屋」と呼ばれる民間施設。クリアアンサー株式会社(2019年12月に破産)が開設、運営していた。

引き出し屋の中には悪質業者も少なくない。その特徴は①暴力や長時間の説得など、本人の意思に反した自宅からの連れ出し②支援内容に見合わない高額な費用③親の精神的、経済的な焦りに付けこむ④異様に高い問題解決率を掲げる⑤就職活動や就労を強制する――など。にもかかわらず、一部のテレビ局はこうした引き出し屋を、問題解決の救世主であるかのように報じた。こうした番組を見て契約を決めた親も多かったのではないか。

悪質業者がはびこる背景には、増え続けるひきこもりの問題がある。内閣府は2019年、中高年(40〜64歳)のひきこもり状態の人は全国に61万3000人いるとの推計値を発表した。続く2023年には、子ども・若年層(15〜39歳)と中高年を合わせたひきこもりは推計146万人にのぼると公表。いずれの層でも増加傾向にあるといい、高齢の親が、ひきこもりが長期化し中高年となった子どもの生活を支える「8050問題」が深刻化している現実を裏付けた。

私は2010年代後半から、親が契約した引き出し屋に強引に入居させられ、逃げ出すなどしてきた当事者の取材を続けてきた。「知らない男たちが突然部屋に入ってきて、両手足を持たれた宙づり状態で自室から車に運ばれた」「従わないと“精神病院”に入れると脅された。実際に入院させられておむつを付けた状態で拘束された」「携帯電話や所持金を取り上げられた。部屋の窓も開かないなど事実上の軟禁状態だった」「研修という名目で業者の関連会社で最低賃金以下で働かされた」など被害の実態はさまざまだった。

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