失業状態からネットフリックスと協業するまでに成長した台湾の制作会社、躍進する映画とドラマのエコシステムをプロデューサーに聞く

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台湾と韓国の合作映画「1977」
台湾と韓国の合作映画『那張照片裡的我們』(あの写真の中の私たち)のワンシーン。海を越えたラブロマンスだ(写真:瀚草文創)
今、ホラーファンの間で注目を集めている「台湾ホラー」。その仕掛け人のひとりが、プロデューサーのハンク・ツェンさんである。
制作会社「グリーナー・グラス(瀚草)」を率い、試行錯誤を経て台湾ホラーをヒットジャンルに育て上げた。ネットフリックス(Netflix)ともいち早く提携し、多様なジャンルの映画やドラマを次々と誕生させ、台湾映像界の新時代をもたらした。彼が手掛けた台湾版『模倣犯』(2023)は、原作者の宮部みゆきさんにも絶賛されたという(グリーナー・グラスのサイトはこちら
現在は日本をはじめ、韓国、ベトナムと国際的な合作に力を入れているハンクさんに、台湾映像界の現在地や、台湾人として物語を映像でどう描くのかという想いを聞いた。

――グリーナー・グラス・プロダクションのこれまでの歩みを教えてください。

2008年に「グリーナー・グラス」を設立し、映画『orzボーイズ(原題:囧男孩)』(監督:ヤン・ヤーチェ)に参加しました。当時は『海角七号』(台湾歴代映画興行成績のランキング2位)の大ヒットで、台湾映画界が大きく変わり始めた時期でした。

台湾映画低迷期の失業状態でスタート

情熱だけで、ほとんど無償に近い状況での参加でしたが、仕事が終わるたび若いスタッフが業界を去っていく姿を見て、台湾の映像業界の未来に危機感を抱きました。

グリーナー・グラス・プロダクション(瀚草)のプロデューサーのハンク・チェン氏
グリーナー・グラス・プロダクション(瀚草)のプロデューサーのハンク・ツェン氏

私はもともと工学系でTSMCのようなハイテク産業に進む道もありました。ただ、高校時代に映画と出会い、その表現力に惹かれて進路を変更。大学は卒業したものの、メディアアートや映画の専門教育を受け直しました。業界に入った頃は台湾映画の低迷期で、失業状態からのスタートでした。

「誰かの心を動かす作品を作りたい」と信じて起業したのが「瀚草」(グリーナー・グラス)です。名前は「広大な空間」を意味する「浩瀚(こうかん)」と、「小さな力が集まって生態系を形づくる」草から取っています。

若い人が安心して入れる、収益も出せる映画作りを目指しています。とはいえ、初期は失敗もあり、たとえば『阿嬤的夢中情人(Forever Love)』では大きな損失を出しました。

――『阿嬤的夢中情人』(2013)は、台湾在住の日本人監督を起用した意欲作です。1960年代に「台湾のハリウッド」と呼ばれた温泉地・北投を舞台に、台湾語の映画作りに命をかけた人々の青春を描いた、笑いあり涙ありのコメディドラマです。

私にとって思い入れのある作品でしたが、映画が良くてもマーケティングや戦略が不十分では観客に届かない――その現実を痛感する経験でもありました。

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