"引き出し屋"に1300万円で望みを託した母の闘い ひきこもりの息子は遠く離れた地で亡くなった

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職員からは「家賃の引き落としが滞ったのでアパートに行ったところ遺体を見つけた」と説明された。死後約2週間が経っていた。その間、職員は誰一人悠一さんの異変に気がづかなかったというのか。松本さんの中で不信感が募った。

松本さんは、悠一さんが住んでいたアパートも訪ねた。ごみ袋にはカップラーメンの空き容器。冷蔵庫はからっぽだった。天井を見上げると、ぼろぼろの下着が数枚干されていた。部屋にあった離職票を見て、半年以上も前に仕事を辞めていたことを初めて知った。再びひきこもり状態となり、食べ物を買うお金も、助けを求める気力も尽きたのか――。

入れ替わっていたスーツケース

悠一さんの遺骨とともに帰宅した松本さんのもとにあけぼのばしから“遺品”として小さなスーツケースが送られてきた。しかし、松本さんが用意したのは、亡くなった夫が海外出張のときに愛用していた特大のスーツケース。そこに下着や新しいスーツ、気に入っていたコートなどをぎゅうぎゅうに詰めて持たせたはずだ。しかし、それらの品も夫の形見も戻ってこないまま。誰のものかもわからないスーツケースだけが残された。

パンフレットには「365日24時間サポート」「就職・自立成功率 6ケ月までに95%」とも書かれていた。それを信じて、松本さんは総額約1300万円の“研修費用”を支払った。高額さに驚いたが、「元気な悠一にもう一度会える」と思うと惜しくなかった。お金は自宅を売って工面した。それなのになぜ、悠一さんは死ななければならなかったのか。

「就職・自立成功率 6ケ月までに95%」などと書かれたあけぼのばしのパンフレット。長年、孤独や社会の偏見に悩み続けた、ひきこもりの子どもを持つ親はこうしたうたい文句にいちるの望みを託す(筆者撮影)

松本さんによると、悠一さんはおとなしく、優しい子どもだった。いじめや不登校の兆しも一度もなかった。友人にも恵まれ、高校時代の同級生たちは今も松本さんのもとを訪ねてくれる。高校卒業後は海上自衛隊に入隊。船上での集団生活にもなじみ、休暇で戻ってくるたびに体つきがたくましくなっていったという。

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