辻井伸行「歴史に残るような音楽家になりたい」 目標はベートーヴェンのソナタ全曲演奏への挑戦
――歌曲の歌詞では「青い霧」「真っ赤な夕焼」など色彩豊かな表現が目立ちます。辻井さんの心には、どんな風景が浮かんでいたのでしょう。
僕は自然が好きなので、自然の中にいるようなイメージを持って演奏しました。5月に春が来て楽しくてウキウキする感じ、丘の上に座って遠くにいる恋人を想像しながら、でも会うことができずに苦しむイメージとか。
6曲すべて違うキャラクターを持っていますが、気持ちが落ち着くところ、キラキラした部分、いろんな要素があります。リストのピアノ編曲版はまだ弾いている人が少ない。あまり知られてない作品でもあるので、ぜひこの機会に知っていただきたいと思います。
――この作品は、ベートーヴェン自身が「不滅の恋人」を思って作曲したとも言われます。辻井さんもご自身の「不滅の恋人」を想像して…?
そういうわけではないですね(笑)。
多くの障害は音楽にあまり関係がない
――ベートーヴェンは耳が聞こえなくなり、大いに苦悩したわけですが、視覚障害がある辻井さんにとって、障害と音楽の関係とはどのようなものでしょうか。
音楽家にとって音が聞こえないのは本当につらいことだと思います。ベートーヴェンは自分の弾いた音の振動を体で感じて、それだけを頼りに作曲していた。つらい中でも、素晴らしい作品を書いたというのはすごいことです。
ただ、耳が聞こえないことは音楽家にとって大変なことですが、ほかの多くの障害は音楽ではあまり関係ない。音楽は世界中の人に聞いてもらえるし、いろんな国の人と共演することもできる。楽譜は言語を超えて世界共通です。いろんな壁は音楽では関係がない。障害がある人もない人も、演奏する人も聴く人も、みんなで一緒に楽しめるのが音楽なんです。
――世界で一流ピアニストとして活躍する辻井さんは、もはや「盲目のピアニスト」とは呼ばれなくなりました。障害の有無は関係ない。
1人のピアニストとして認めてもらって今は本当に良かったと思います。子どもの頃はどうしても盲目のピアニストと言われることが多くて。音楽に障害は関係ないのに、嫌だなと思っていました。
小学校1年生のときに、盲学生のためのコンクールで優勝したことがあります。そのときはまだ考えていなかったのですが、小学校5年生ぐらいから普通の人が受けるコンクールを受けて、そこで賞を取ることができるようになってからは、音楽と障害は関係ないとますます思うようになりました。
ヴァン・クライバーンで良い結果を出して、そこからは「どんどん世界に羽ばたきたい、1人のピアニストとして認めてもらいたい」という思いがずっとありました。それが少しずつ現実になってきて、本当によかったと思っています。
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