11月11日、特別国会が召集され、自民党の石破茂総裁が首班指名された。先の衆議院選挙で自民・公明が過半数割れしたことで首班指名は決選投票で決まる薄氷の勝利だったが、少数与党政権が厳しい再スタートをきることになった。
自民党内には、惨敗を喫した選挙の責任をとり石破首相に退陣を求める声がある。だが、衆院選投開票から一夜明けた10月28日、石破首相はさっそく新たな地方創生の基本構想を取りまとめる方針を示した。それは「日本創生 前途は洋々たり」との思いからではないか。
前途は明るい
前途は洋々――この言葉は、第55代内閣総理大臣だった石橋湛山が、東洋経済新報社の社長を務めていた1945年8月、敗戦を受けて記したものだ。「東洋経済新報」8月25日号社論のタイトルは「更生日本の門出――前途は実に洋々たり」。原爆や空襲で日本中が焼け野原となり、多くの人が悲嘆に暮れていた時、湛山は民主国家「小日本」の門出を祝い、前途は明るいと説いたのだ。
石破首相はたしかに大敗の責任を負う立場にある。だが、この2年間、自民党の信頼を失墜させてきたのは「旧統一教会」問題であり、「裏金」問題だ。これらの問題によって岸田文雄前首相は政権運営に行き詰まり、10月の総裁選で選ばれたのが石破氏であった。
厳しく処分をすれば多くの当該議員が落選し、甘い対応を取れば国民が反発をして党全体が沈没しかねない。けじめをつけるのは、誰が総裁でも難しかった。今回の総選挙は、当初から負けが織り込み済みだったということだ。
石破首相から「退陣」の意思が見受けられない理由を探るうえで、選挙結果や、注目すべき世論調査結果をみておきたい。
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