いつ状況が悪化するかわからない。主治医からも「予断を許さない状態。このまま亡くなるかもしれない」と告げられます。
このとき、母親の「家に帰りたい」という意向を聞いていた息子さんは、母親を家に連れて帰ることを強く希望しました。「このまま病院で亡くなったら後悔する」と言うのです。これについて、Aさん本人の意向を確かめたくても、意識が朦朧として確認できない状態。息子さんが判断するしかない状況でした。
息子さんからすれば、「家で過ごしたい」という母親の希望を叶えてあげたいという一心だったのでしょう。そこで緊急に在宅療養の体制を組むことになり、筆者が在宅医として関わりました。
「希望通り」がいいとは限らない?
「本人の希望を叶えてあげたい」という気持ちは、もちろん大切にすべきものです。一方で、Aさんはがんの終末期ですが、今問題になっている胆管炎は感染症であり、治療したら治る可能性があるものです。
終末期の緩和ケアについては、“病院と自宅で特に差がない”ことはこれまでも何度かお伝えしてきましたが、こうした急性期の病気は、検査や治療が迅速に行える病院で治療を受けたほうがよく、そのようにお勧めする場合もあります。
筆者は息子さんに「Aさんの胆管炎は、治療によって改善の見込みがあること」「治療を望むなら、病院に戻ったほうがいいこと」「胆管炎の治療は、延命治療には当たらないこと」などを説明しました。
延命治療とは、回復の見込みがなく死期の迫った患者さんに、点滴や胃ろうなどを用いて生命を維持させる医療処置を指します。心臓マッサージや人工呼吸などによる心肺蘇生も含まれます。
延命治療は、あくまで「回復の見込みがない」場合が対象となりますが、感染症の治療は「回復の見込みがある」もの。一口に治療といえど、そのスタンスは大きく変わるのです。延命治療中、緩和ケア中であっても、病気の内容によっては、治療で改善するケースもあることを忘れないでほしいと思います。
さて、「延命治療をしてはいけない」「最期は家で過ごさないと」という気持ちが強かった息子さんですが、これらの話を踏まえて、「治療によってよくなるかもしれないなら、本人もそれを希望するはず」と納得し、病院に再入院することになりました。
結果的に感染症は抗菌薬の投与によって治り、Aさんは再入院から1週間後には、抗がん剤治療が再開できる状態にまで回復したのです。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら