ペットを「おくりびと」に託した飼い主の深い愛情 「コスメティック剖検」が必要とされている理由

✎ 1〜 ✎ 6 ✎ 7 ✎ 8 ✎ 9
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

きれいに修復したラットの遺体に、ささやかではありますがお花を添えて、病理診断の結果とともに飼い主さんにお戻ししました。すると、次のようなメッセージが返ってきました。

「病理解剖をしなければ知り得なかった情報がたくさんあり、大変勉強になりました。ケージの掃除が不十分で肺炎になったのではないかと気に病んでいたので、本当の病気がわかり、気持ちが楽にもなりました。今後もラットを飼育していくつもりです」

動物は人間のようにしゃべりませんから、自らの体に不調があってもそれを訴えることができません。しかし、亡くなった動物の遺体には、病気との戦いの記録が病変という形で刻まれています。

病理解剖は、そんな1つひとつの遺体の声なき声に耳を真摯に傾け、可能なかぎり真実に迫る行為です。症例を積み重ね、病気に関する知識が増えれば、将来、助けられる命も増えることでしょう。

きれいな遺体をお戻しできて飼い主さんは大変感謝してくださいましたが、ぼくの方こそ、大切に飼っていたラットを病理解剖させていただいたことに心からの感謝をしたのでした。

必要性がなければ、しなくてもよい

繰り返しになりますが、大切に飼育してきた動物を亡くしたとき、ほとんどの飼い主さんは、死んでからも体にメスを入れてかわいそうな思いをさせたくないという気持ちをお持ちです。

本当のところ、解剖をする必要性がなければ、しなくてもよいのです。

一方で、剖検は飼い主さんにとって大切なペットに関する生前の疑問を解決することにつながります。また、臨床獣医師にとっては答え合わせがその後の診療の糧となり、獣医病理医にとっては病気や死因の情報の集積が、残された多くの動物の命を救うことにつながります。

ぼくはこれまでお預かりしたご遺体を、寝ているような姿で飼い主さんの元にお戻しすることを心がけて、コスメティック剖検の手技を磨いてきました。

動物との別れは悲しいものですから考えることは極力避けたいですが、別れはいつか必ずやってきます。そのときに、コスメティック剖検という選択もあるのだということを、みなさんが頭の片隅に入れておいてくださると、ぼくとしてもうれしく思います。

中村 進一 獣医師、獣医病理学専門家

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

なかむらしんいち / Shinichi Nakamura

1982年生まれ。大阪府出身。岡山理科大学獣医学部獣医学科講師。獣医師、博士(獣医学)、獣医病理学専門家、毒性病理学専門家。麻布大学獣医学部卒業、同大学院博士課程修了。京都市役所、株式会社栄養・病理学研究所を経て、2022年4月より現職。イカやヒトデからアフリカゾウまで、依頼があればどんな動物でも病理解剖、病理診断している。著書に『獣医病理学者が語る 動物のからだと病気』(緑書房,2022)。

この著者の記事一覧はこちら
大谷 智通 サイエンスライター、書籍編集者

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

おおたに ともみち / Tomomichi Ohtani

1982年生まれ。兵庫県出身。東京大学農学部卒業。同大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻修士課程修了。同博士課程中退。出版社勤務を経て2015年2月にスタジオ大四畳半を設立し、現在に至る。農学・生命科学・理科教育・食などの分野の難解な事柄をわかりやすく伝えるサイエンスライターとして活動。主に書籍の企画・執筆・編集を行っている。著書に『増補版寄生蟲図鑑 ふしぎな世界の住人たち』(講談社)、『眠れなくなるほどキモい生き物』(集英社インターナショナル)、『ウシのげっぷを退治しろ』(旬報社)など。

この著者の記事一覧はこちら
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事