伊藤蘭が好きすぎて「腕にRANと彫った」彼の半生 「高校の2年で100公演」半世紀後も応援する理由

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自分のなかでラン/伊藤蘭は神聖な世界にいる女神である。疑似恋愛の対象ではない。そう納得しているつもりだったのに、彼女の結婚後、夫・水谷豊が出演する『相棒』は「1度も観ていない(笑)」という石黒さん。

「なぜここまで、自分はランに恋い焦がれるのか……」

30代になったある日、片時も伊藤蘭を忘れられない執着の原因と対峙することになります。きっかけは、生き別れになった母との出会いでした。

「32歳のとき、初めて(という言い方もヘンですが)生みの母に会ったんです。東京に戻って父にその話をしたら、『そうか……。伊藤蘭に似てただろう』と。

一瞬『は?』と思いましたが、言われてみれば確かに、その時点で52歳だったのですが、はっきり面影はありました。父は『お前がキャンディーズのランちゃんに夢中になってる姿を見ていて、絶対に顔を覚えているからだと思ってたけど黙ってたんだよ』と続けました。

でも、それまで母の写真は全部父が捨てて1枚もなかったので全然知らなかった。だからこそ、この話は衝撃でした。そして、『中1のときに見たランの姿は母と重なっていて、追っかけをする運命だったんだ』とすべて腑に落ちました。

そして、その後、母がかつてバスガイドをしていた頃の若かりし頃の写真を見せてくれたんですが、伊藤蘭さんにそっくりでした」

ランに似ていたという母は、2007年、ガンでお亡くなりになりました。運命というものは本当にあるのでしょう。翌2008年、石黒さんは遂に! 伊藤蘭インタビューの仕事が実現するのです。

2008年4月に解散30年記念で、「全国キャンディーズ連盟2008大同窓会」フィルムライブが2000人を集めて行われ、石黒さんは発起人代表を務めます。

キャンディーズ
大同窓会の際のスポーツ紙の記事(本人提供)

ちなみに、このイベントの成功を見守ってくれていたかのように、イベントの9日後に父も他界しました。そして、そこをきっかけに、5月には「新生・全キャン連」の代表となります。その流れからお声がかかったインタビューでした。

「朝日新聞社のムックの仕事で1時間半、みっちりインタビューできました。会って話ができただけではなく、撮影の際にはレフ板で光をあてさせていただき、取材後には『仕事でこんなに熱くファンだと言われたのは初めて』と向こうから握手を求められたんですよ。

大げさではなく『もう、やり残したことは何もない。いつ死んでもいい』と本気で思いました。だって、12歳から憧れ続けた人とじっくり話せる瞬間を夢見て、この仕事を始めたんですから。2008年のこの日以降の僕は完全に余生でしたね」

60代にして歌姫が復活し生涯応援を誓う

以降を余生とし、穏やかに過ごしていた石黒さん。ところが再び奮起のときが訪れます。2019年、「伊藤蘭、キャンディーズ解散以来の歌手活動再開」のニュースが飛び込んできたのです。

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