「官製ベア」をやっても賃金が上がらない理由

格差は拡大し生活は苦しくなっている

上野泰也(うえの やすなり) 1985年上智大学卒。86年会計検査院に入庁。88年富士銀行(現・みずほ銀行)に転じ為替ディーラーを経て90年からエコノミスト。2000年10月から現職。著作多数。機関投資家の評価も高く、また、具体的な事象を挙げて経済をわかりやすく解説することで定評がある(撮影:梅谷秀司)
安倍政権は「企業収益の拡大から賃金の上昇、消費の拡大という好循環を継続的なものとし、デフレ脱却を確実なものとする」ことを掲げている。そのために、日本銀行は2年で2%の物価目標の達成を目指し、「量的・質的金融緩和」を実施しているが、円安は進んだものの物価目標の達成には程遠い。また、安倍政権は2014年、2015年の春闘で経済団体連合会などにベアの実施、賃上げを要請し実現させているが、「毎月勤労統計調査」によれば現金給与総額はリーマンショックの前に比べて一段低い水準にとどまっている。
なぜ大手企業の賃上げは全体に波及していかないのか、なぜ物価は上がらないのか、みずほ証券チーフマーケットエコノミストの上野泰也氏に聞いた。

賃上げは企業の中長期的な戦略に合わない

――安倍政権は「経済の好循環の実現」を掲げて、2年続けて大手企業にベースアップを要請し、"官製ベア"を実現しました。

しかし、毎月勤労統計調査(厚生労働省)で見ると、現金給与総額はリーマンショック前の水準よりも一段低い水準にとどまっています。

そもそも、企業はベースアップを実施したかったわけではない。経済産業省がベアの実施状況について、企業の実名入りの一覧表を公開するとしたので、ベアを行わざるを得なかった。社名が出れば、企業の評判にかかわり、採用活動にも影響が出てくる。非常に巧妙な作戦だ。本来、賃金の問題は厚生労働省の管轄なのに、経産省が乗り出したことからも、官邸と密接に結びついた非常に恣意的な政策であるといえる。

企業としては、いやいやながら実施させられたベアなので、人件費について他の部分でバランスをとって、総額を抑えることになる。定年を迎えた人の再雇用などで賃金を下げるとか、パートや契約社員の比率を上げるなどしている。その結果、統計を見ると、所定内給与がなかなか上がってこない。正社員に限っても、若年・中堅層以外では上げ幅は限られてくる。

――失業率が低下を続け足元で3.3〜3.4%と低い水準になっています。また、有効求人倍率が1倍を超えて高い水準となっています、こうしたことから、雇用が逼迫しており、次は非正社員の正社員化など、全体的な賃上げに結びつくと見るエコノミストもいます。

私は、まったく違うと思う。雇用の逼迫は限られた業界でしか起きていない。新規求人倍率が上がっているのは一部の業界だ。正社員の賃金をあげれば、結果的に非正規雇用の条件はますます悪くなる。

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