2つめの理由は「『延命』の大きなツケが『現場』に押し寄せた」ことだ。
言うまでもなく「延命」をいくら続けたところで「再生」は果たせない。
事業の大胆な入れ替えを行わず、設備投資や人材教育投資を先送りにし、人件費や経費は極力カットし、現場に我慢と忍耐だけを強いてきた。
いまだに多くの日本企業には封建的な主従関係がある。そのため、上からの「圧」がきわめて強く、我慢と忍耐のなかで現場に深刻な問題が起きても、それを上に上げることができない。上に上げようとしても、真正面から向き合ってくれない。現場は問題を抱え込み、孤立する。
その結果、「延命措置」が限界に達した。
日本を代表する大手企業で品質不正、検査不正、不祥事が続発した。これは、長年声を上げることができなかった「現場の断末魔の悲鳴」である。
さらに、「生産現場で改善を繰り返す」「極限まで無駄を省く」「効率性を高める」という地道な努力の積層によって成長を遂げてきた「自分たちを犠牲にするような身を削るコストダウン経営」も限界を迎えている。
人手不足どころか人手枯渇で人件費は高騰し、未来を担う若手従業員の確保もままならない。エネルギーコストや原材料費も高止まりが続いている。
現場の「知恵」と「努力」だけで成り立っていたビジネスモデルそのものが終焉を迎えているのだ。
「現場力を再生できるか」が日本企業最大の課題
表向きの業績が多少回復したからといって、手放しで喜ぶわけにはいかない。逆に、これで大胆な改革が先延ばしになることを私は心底危惧する。表向きの数字がよくなると、根深い本当の問題は隠れてしまう。
なにより大事なことは、「日本企業にとっての生命線である現場力は死んでしまった」という「強い危機感」を持ちつづけることだ。
どん底の状況で喘いでいる現場に再び火をつけ、現場力を再興させることができるのか。
これこそが、いまの日本企業に突きつけられた最大の経営課題である。
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