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理想的に育った「紫の姫君」が、心から傷ついた夜 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・葵⑨

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「この餅だけど、こんなにたくさん仰々しくしないで、明日の夕方に持ってきてほしい。今日は日柄もよくないことだし」

と言われた惟光は、照れたように笑う光君の顔つきから、何があったのかを悟った。根掘り葉掘り訊(き)くことなく、

「ええ、ええ、おめでたのはじめは、吉日を選んで召し上がるべきですね。亥の子ではなく子(ね)の子になりますと、いくつ用意いたしたらよろしいですかな」と真面目くさって訊く。

「三分の一くらいでいいだろう」

すっかり合点して惟光は下がった。ものごとに慣れた男だと光君は感心する。惟光は他人には何も言わず、自分で手を下すばかりにして、新婚三日目を祝う餅を自分の家で作っていた。

光君は女君の機嫌をとることに苦労して、なんだかこの人を今どこからか盗んできたみたいだと思い、なんとなくおもしろくなってくる。この何年か、この人のことをずっと心からいとしく思っていたけれど、今の気持ちに比べれば、そんなものはなんでもないようなものだった、と思う。人の心はなんと不思議なものだろう。今はもう、一夜も逢(あ)わずにいるのはつらくて無理だ。

間違いなく御枕元に

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惟光は命じられた餅を、たいそう夜も更けてからこっそりと持参した。年長の少納言なら察してしまい、女君が恥ずかしい思いをするだろうと惟光は気遣って、少納言の娘である弁を呼び、

「そっと差し上げてください」と、餅を入れた香壺(こうご)の箱を渡した。

「これは間違いなく御枕元にお届けしなくてはならない、お祝いの品なのです。ゆめゆめいい加減に扱ってくださるな」と惟光に言われて、妙なことを言うと思った弁は、

「いい加減で不誠実なことなど、私はまだしたことがございません」と返す。

「真面目な話、不誠実などという言葉は避けてくださいね。まさか使うことはないでしょうがね」と惟光は念を押す。

まだ若い弁は、事情もよくわからないまま言われた通り枕元の御几帳のあいだから香壺を差し入れた。光君がいつものように三日目の祝いの餅について、女君に教えてあげていることでしょう。

次の話を読む:8月25日14時配信予定

*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです

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