伝説のバンドに東大生の私が学んだ「生きる価値」 肩書を取られたら何も残らないちっぽけさを痛感

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私はアベさんのギターが大好きだった。でも、俺は音楽で飯を食うわけじゃない。ミュージシャンはしょせんミュージシャンだ。<東大生のわたし>はそんな冷めた目で彼を見ていた。

だが、アベさんのマシンガンカッティングは、私のプライドを粉々にくだいた。東大生という「肩書」をはぎ取られてしまえば何も残らない、そんな自分のちっぽけさを思い知らされた気がした。

借金取りと会いたくなかった私は、涙で顔をくしゃくしゃにしながら、遠回りして家に戻った。戦争でパートナーを亡くし、3人の子を残された祖母が、どの木で首を吊って死のうか考えた、という話を思いだしながら、家の近所をフラフラとさまよっていた。

だが、捨てる神があれば、拾う神もある。たしかに神はいた。母の親友がお前なら信用できる、と言って、私にお金を貸してくれたのだ。

私は大急ぎで闇金の借金を清算した。奨学金の助けもあって学業も続けられた。10年がかりだったが、姉とともに、借金をすべて返すことができた。

希望でいっぱいの私に届いたアベさんの悲報

2009年4月、完済とほぼ同じタイミングで、私は慶應義塾大学に着任した。私の胸は希望でいっぱいだった。ところが、その3カ月後、ギターのアベさんが亡くなった、という悲報が届く。急性硬膜外血腫、要するに脳内出血が理由のようだった。泣きながら「世界の終わり」を聞いていた私は、当時、これからの研究者人生に瞳を輝かせていた。

だが、禍福は糾える縄の如し。アベさんが亡くなったわずか2年後、今度は、私が、急性硬膜下血腫で生死の境をさまようことになったのだ(連載第2回『脳出血で倒れた30代男性、自ら死を願った驚愕理由』参照)。

私の入院中、病院の先生は、連れ合いにこう伝えたそうだ。

「血が止まれば助かります。でも、止まらなければ開頭手術です。亡くなるかもしれませんし、障害が残るかもわかりません。止まるか、止まらないかは、誰にもわかりません」

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