伝説のバンドに東大生の私が学んだ「生きる価値」 肩書を取られたら何も残らないちっぽけさを痛感

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外出先からアパートに戻ると、電話に20件を超えるメッセージが残されていた。すべて借金取りからの督促。怒号の主は「闇金」と呼ばれる人たちだったが、終わりから2件目にだけ母の声が残されていた。

「助けて、英策、殺される……」

私は、腰を抜かしそうになりながら手元にあった生活費をかき集め、各駅停車に飛び乗って実家のある久留米市をめざした。

わが家に帰ると、雨戸がすべて降ろされており、玄関は固く閉ざされていた。人の気配もない。不安でいっぱいになった私は、入り口の引き戸を思いきり叩いて叫んだ。

「英策よ、帰ってきたよ、開けて」

中からあらわれたのは叔母だった。彼女は無言で私を部屋へと導いた。電気も、ガスも、水道も止められていた。室内はむせ返るような暑さだった。

暗闇の中に母はおり、下着姿でポツンと正座していた。あの誇り高き母が・・・自分が気づかないうちに、後もどりできない状況に追いつめられてしまったことを感じた。

母から、連帯保証人になっていた叔母とふたり、いよいよ借金で首が回らなくなった、と聞かされた私は、おそらく大学にはいられなくなるのだろう、と思いながら家を出た。

空気を切り裂くように響いたギターの音

あてもなく歩いた私がたどり着いたのは、近所のバッティングセンターだった。

ポケットを探る。わずかな小銭がある。私はお金を機械に入れた。まともに打ち返す気力などない。とんでもない無駄使いをしている、そんな罪悪感がおそってきた。

すると、突然、空気を切り裂くようにギターの音が響きはじめた。

ミッシェルの「世界の終わり」だった。

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