「なんでも数値化」がもたらすばかげた競争意識 あらゆるものが測定され比較されるという悪夢

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私たちは学校の勉強から税務申告、販売コンテスト、ボーナスプログラム、さらにツイッター(現X)の会話まで、あらゆるものを「ゲーム化」している。そしてグエンが言うように、「私たちがゲームで遊んでいるのではない。ゲームが私たちで遊んでいるのだ」。

数字とポイントシステムは、物理現象と社会現象を測定可能な単位に変えてしまう

私たちの金銭的責任はクレジットスコアに、社会的ネットワークはフォロワー数とソーシャルメディアの閲覧数に、旅行熱はマイレージサービスのマイル数に、エクササイズの楽しみはカロリー消費量と1キロメートル当たりの平均歩行速度に、それぞれ換算される。

そして、数字は競争意識とライバル心を煽る。私たちは暮らしのすべてを数値化することによって、次から次へとたくさんの領域に競争を持ち込んでいるのだ。

以前は多様なやり方で説明できた人と経験の質的相違が、今では盤石の量的相違に姿を変えた。2枚の自撮り写真、2人のビーチでの水着姿、あるいは2つのディナーが、急に競い合う間柄になり、容赦なく比較される。

数量化はランク付けを容易にする

ビジネスの世界でも同じで、ショッピングの経験は3個の星に、トイレの利用はスマイルマークに、本やコンサートは1から6までの評価に要約される。数字と数量化は複雑な現象を1次元の段階に作り替え、測定に伴って内容の大半が失われてしまうのだ

その結果、数字は言語および経験の価値にも影響を及ぼすことになる。「彼女の美しさは1から10までのどの段階ですか?」のように、質、物、人に数字という結果を結びつけることで、私たちは価値に明確な評価を与える。

8は7よりすぐれている。数量化することで、価値の関係性が単純になり、物の比較も単純になり、私たちはすべてにおいてはっきりランク付けされる

ミカエルにはインスタグラムのフォロワーが2万8400人いる。ヘルゲは135人だ。数量化は社会的地位を明確にし、社会現象を交換可能な通貨に変えるのも容易になる。そしてお金に関しては、たいてい大きい数字のほうが歓迎される――脈拍と血圧の逆だ。

次ページより明確になる通貨としての数字の役割
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