インテリジェンス 機密から政策へ マーク・M・ローエンタール著/茂田宏監訳 ~日本でこそ読まれるべき良質の「教科書」
評者が10年前、インテリジェンス研究を志したときに、最初に手にした中の一冊が本書第1版であった(本書は第4版の翻訳)。読了後、コロンビア大学まで著者に直接教えを請いにも出向いた。だから邦訳を手にした今、感無量である。
いまだにインテリジェンスをゲテモノ扱いする人たちや組織があるわが国でこそ、この本は読まれるべきである。
「情報」という名の下に、インフォメーションとインテリジェンスを混同しがちなわが国であるが、本書は両者の区別から始めて、インテリジェンスが政策決定者を支援する知識であることを強調する。ならばその重要性は、言をまたないであろう。
しかし、そのような知識の創造と利用は、なかなか厄介だ。情報担当者が、特定の政策に肩入れしすぎて客観性を喪失する「インテリジェンスの政治化」と呼ばれる問題がある。
逆に政策担当者が、情報担当者から気に入らないインテリジェンスが上がってきたときにそれを拒否し、政策を誤るという問題もある。
相手が提供を拒否するような情報を収集しようとすると、秘密裏に行わざるを得ない。しかしその結果、情報担当者が隠れ蓑の下で行き過ぎた行動をとってしまいかねない。
インテリジェンス組織にはつねに改革が必要だが、改革しすぎると、かえって組織が弱体化してしまうこともある。
さらに、インフォメーションが示す「点」を結び付けないと、9・11のテロのように見逃してしまうこともある。しかし結び付けすぎると、今度は「イラクの大量破壊兵器」というありもしない物が見えてしまう、ということにもなりかねない。
本書の唯一の欠点を指摘すれば、当然なのだが、(良質の)「教科書」だという点だ。
本書を読むだけで終わるのでなく、注意深く両論が併記されているインテリジェンスのさまざまな問題点について、「ではどうすればよいのか」を考えることが、次のステップとして重要になる。
本書は、国家レベルのインテリジェンスを考察しているが、実は企業レベルでのインテリジェンス活用も、欧米や中国で急速に普及しつつある。
重要なのは、どのレベルのインテリジェンスであっても基本は同じ、という点だ。
だから本書で提起されている問題は、ビジネスの世界でも生じている。
そんなインテリジェンスの普遍性を確認するための第一歩として、本書を読むのもよい。国家安全保障に関心のある向きは無論、一般ビジネスパーソンにとってもお薦めの好著だ。
Mark M. Lowenthal
米インテリジェンス・安全保障アカデミー会長。米ブルックリン大学卒業、ハーバード大学で博士号(歴史学)を取得。米議会調査局、国務省情報調査局、下院情報委員会、中央情報局(CIA)長官室などを経て、CIA長官補(分析・生産担当、2002~05年)。
慶応義塾大学出版会 4410円 412ページ
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