そのリスクを取るよりは、今しばらく乳房と別れることを利香子さんは選んだ。
「最初から“再建をしない”と決めていたわけではないんですけど、結果的にそうなりました。再建しても“元と同じようにはならないかも”とも思いましたし。
……私は、自分の胸がとても好きでした。手術の後、先生が“これを取りました”って、写真を見せてくれたんですが……。一見したら、単なる肉の塊なんですけど、まぎれもなく“私の胸”だったんです。それがなんか、すごいなと思いました。いつも見てきたものとは違うけれど、やっぱり私の胸だなぁって、わかったんです」
「あなたの場合、ここに腫瘍があって、ここが……」
医師の端的な説明を聞きながら、利香子さんは写真のなかの“胸”と対峙した。人もうらやむほど豊満で形のよい乳房は、密かな自慢でもあった。それはつい先ほどまで共にいた、彼女自身の一部だ。けれど、今身体から離れた乳房は、彼女に生きてもらうためあえて身を引いた、愛猫のようでもあった。たとえ姿が見えなくなっても、たしかな存在感で利香子さんを支え続ける。
このとき、もし泉から女神が現れて“新しい乳房”を差し出したとしても、彼女は首を横に振っただろう。
傷跡を気にせず過ごせるウェア
「今でもお風呂に入るときなど、胸を見て“気にならない”と言ったら嘘になりますし、銭湯でまわりの人が“えっ”となるのは少し嫌ですね。でも、それ以外は支障もありません。
バリは暑いので胸の開いた服が多いですし、自分自身もそういう服を作っているので、胸元から傷口が見えてしまうことはあります。でも、私が何か悪いことをしたわけではないし、堂々としています。
ただ、バリではあまりないのですが、日本でヨガやエクササイズの教室に行くと、スタジオがガラス張りだったり、大きな鏡があったりしますよね。そうすると、どんなに胸の詰まったウェアを着ても、ポーズを取ったときに傷口が見えてしまうんです」
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