自由市場の終焉 国家資本主義とどう闘うか イアン・ブレマー著/有賀裕子訳 ~自由市場経済の復権を主張
1980年代以降、世界経済のグローバル化が急速に進んだ。その背後には市場主義、規制緩和、自由競争、小さい政府などを主張するネオリベラリズムの思想があった。そうした政策を世界中で推し進めてきたのは米国であった。具体的には米国政府と、ワシントンに本部を置くIMF(国際通貨基金)、世界銀行が一体となって各国に市場自由化を迫った。三者は市場主導型のネオリベラリズムの政策を採用することを条件に、途上国などに援助を与えてきた。こうした経済発展モデルを“ワシントン・コンセンサス”という。著者は、これを“自由市場資本主義”と呼んでいる。
だが、今世紀に入ってからの新興国の台頭や金融危機を背景に自由市場に対する懐疑と失望が高まる中で、“ワシントン・コンセンサス”は威光を失った。勃興してきたのは“ベイジン(北京)・コンセンサス”である。国家が政治的な目的を達成するために市場に積極的に介入し、政治的な目標の範囲内で市場原理を許容するモデルである。
その典型が名前のとおり、中国の発展モデルであり、ほかのBRICs諸国も同じカテゴリーに属する。著者は、“ベイジン・コンセンサス”に基づく経済政策を“国家資本主義”と呼び、現在、世界経済の場で自由市場資本主義と国家資本主義の相克が始まっていると主張する。
中国の温家宝首相は「わが国の経済政策の完成形は、政府がマクロ経済の道案内と規制を担い、その枠内で市場原理に、資源配分にまつわる基本的な役割を十分に果たしてもらうことだ」と発言。そこでは市場原理は政治的目標を達成するための補完的な手段にすぎない。政治目標としている共産党一党支配を継続し、現在の政治体制を維持するには、国民を納得させるために雇用創出が何よりも必要で、中国の指導層は「雇用創造を絶やさないためには、国家資本主義が何よりも確実な方法だと考えている」。中国の無謀と思える石油確保のための資源外交やレアアースなどの資源を使った外交、人権を無視した経済活動も、こうした政治目的があるからだという。そうした政策は、中国にとどまるものではない。
国家資本主義は国際経済のみならず、国際政治にもさまざまな波紋をもたらしている。今後、国家資本主義はさらに影響力を増していくが、そうした事態が続けば世界経済は長期的な成長力を失ってしまう可能性があると指摘する。本書は国家資本主義の問題点を明らかにする一方で、自由市場経済の復権を主張している。
どちらの主張に説得力があるか、夏休みに真剣に取り組む価値のある本である。
Ian Bremmer
米ユーラシア・グループ社長、ワールド・ポリシー研究所の上級研究員。スタンフォード大学で博士号(旧ソ連研究)、フーバー研究所のナショナル・フェローに最年少25歳で就任。コロンビア大学、東西研究所、ローレンス・リバモア国立研究所を経る。
日本経済新聞出版社 2310円 266ページ
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