「辛口な紫式部が歌を絶賛」恋に生きたある女性 清少納言に対してはパンチの利いた言葉で批判

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そんななか、紫式部は当時まだ新しかった「ひらがな」を用いて『源氏物語』を書いて、宮中で大評判となった。『源氏物語』には、数多くの和歌が登場する。物語内で登場人物に詠ませた和歌の数は、実に795首に及ぶ。

和歌を詠む『源氏物語』の登場人物たち

思いを寄せる人に和歌を贈り、相手が返歌を行う「贈答歌」や、特定の相手に向けてではなく一人で詠む「独詠歌」、そして複数人が次々と歌を詠む「唱和歌」と、『源氏物語』ではさまざまなスタイルの和歌が登場する。

紫式部が詠んだ次の和歌は『新古今和歌集』に収録されている。小倉百人一首に選ばれて、現代でもよく知られている和歌である。

「めぐり逢ひて 見しやそれとも分かぬ間に 雲隠れにし 夜半の月影」

久しぶりにめぐり逢えたというのに、あなたなのかどうかもわからないほど短い時間で、あっという間に帰ってしまわれました。まるで、雲隠れする夜中の月のようでしたね――。

メッセージを送った相手は「童友だち」だと紫式部自身が詞書きで説明している。具体的に誰なのかまではわかっていないが、時期としては紫式部が成人した頃だとみられている。

光る君へ 大河ドラマ
吉高由里子さん演じる紫式部(写真:NHK公式インスタより引用)

花山天皇が突然の出家に踏み切り、父の藤原為時がようやく得た官職を失ってしまった頃だ。言うまでもなく、父の失職は娘である紫式部の生活にも大きく影響したに違いない。

自身に降りかかる苦難にかかわらず、いや、人生がままならないからこそ、といったほうがよいだろう。紫式部は、どんなときも和歌を詠み、創作活動をし続けたのである。

そんな和歌に優れた紫式部が、『枕草子』の作者である清少納言のことを、こき下ろしたことはよく知られている。

紫式部もまさかこれほど後世で広められるとは思ってもいなかっただろう。改めて『紫式部日記』での該当部分を読むと、なかなかパンチの利いた書きっぷりである。

「清少納言は得意顔をして、とんでもない人です。あそこまで利巧ぶって漢字を書き散らしていますけれど、よく見れば学識の程度も、まだまだ足りないところだらけ」

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