自衛隊員の命は、ここまで軽視されている

海外派遣の前に考えるべきこと(上)

銃創を覆う包帯(絆創膏)にも、大きな差がある。銃創は射入口と射出口の2カ所の創口を伴うことが多い。現代のライフル弾は高速弾化し、身体を通過する弾丸が破壊する範囲は弾頭直径の約20倍(5.56ミリ弾ならば約110ミリ、7.62ミリ弾ならば約150ミリ)である。陸自の包帯や止血ガーゼ(約100ミリ×100ミリ)では、たった1カ所の創傷にすら不足している。また、手榴弾やIEDのような爆発物は多くの破片を伴うが、これまた幅100ミリの包帯ひとつでは処置ができない。

胸腔減圧用脱気針を使って胸部の空気を抜き去れば、心臓圧迫による機能停止を防げる(提供:米陸軍)

ゆえに米陸軍のキットには4.5インチ×4ヤード(幅約10センチメートル×長さ約3.65メートル)の滅菌の絆創膏が入っており、これを用いて手足の切断面を覆ったり、広範囲の細かな破片創に圧迫止血を行ったりと、爆傷へ対処をしている。

また、この絆創膏を用いて、腸がはみ出た場合などの被覆や、骨折部位の固定を行うなど、多様な利用法がある。米陸軍では限られた個人携行救急品の最大活用に努めており、防弾チョッキをバストバンドの代用として用いて、肋骨骨折の固定法を教えるなど、医薬品にかぎらず使えるものは何でも使う救命のための教育を徹底している。

現代の戦闘ではヘルメットや防弾ベストを着用しているが、顔面は保護されていない。このため相対的に顔面の負傷は増えることなり、より深刻である場合が多い。顔面の負傷に際して、負傷者の気道を確保するには、鼻から管を挿入する経鼻エアウェイが必要だ。また治療を待つまでの間に、血圧低下や麻酔等で意識がなくなることで舌が落ちて、気管を塞ぎ、呼吸困難に陥るおそれもある。この対処のために、米軍では全将兵に「回復体位」と併せて経鼻エアウェイ使用法の定期実習を課している。

メカニカルショックを防ぐ胸腔減圧用脱気針

胸に開放創を負ったり肺まで貫通した損傷が起こると、大気圧は胸の中よりも気圧が高いため、胸に空いた創口から胸の中に空気が流入したり、息を吸うことで肺に空いた創から胸の中へ空気が流入する。一方で、息を吐く際にこの空気が排出されず、あたかも自転車のチューブに空気を入れるかのように空気が進行性に胸の中に貯留してゆく。こうなると、いずれこの高まった空気圧で心臓が圧迫されて機能が停止してしまう。この緊張性気胸によるメカニカルショックは、戦場では出血に次ぐ防ぎえた戦闘死の主原因(米軍では約3割)である。

胸腔減圧用脱気針があれば、胸の中の空気圧を心臓の機能が回復されるまでに減圧することができる。損傷した肺の機能は胸の中の空気をポンプで排出しなければ回復させることは困難であるが、肺は2つあるので、すぐには死ななない。肺の治療を待つまでの間、ひとつしかない心臓の機能を維持させ、生命をつなぐために有効なものが胸腔減圧用脱気針である。そのため、先進国の軍隊では個人装備化と教育が進められている。

消毒用アルコールパッド、駆血帯、静脈路確保用留置針、留置針固定用テープなどは、戦闘外傷で最も多い出血性ショックから離脱させるための必須品である。フランス軍では個人携行救急品の中に輸液ボトル1本が含まれる。米軍では衛生兵が行う静脈路の確保を戦闘職種が介助するために、全職種の将兵が基本訓練として輸液介助訓練を行っている。これまた陸自のキットには存在しない。

負傷者記録カードはどのような救急処置・応急処置を何時にしたかを記入するもので、米陸軍では2013年4月以降、負傷者記録カードをメディック(医療従事者)だけではなく、すべての将兵が記入すべきものと位置づけ、内容を一新し、記入の訓練を行っている。戦闘時は平時と違い、負傷者の数と治療能力に大きな不均衡が生じる。治療能力を超えた患者数の救命には適切なトリアージ(選別)との順序づけが非常に重要となり、このための判断材料と負傷者記録カードが重視されるようになった。

このように個別に見てみると、「IFAKⅡ」と「個人携行救急品」がほぼ同じとは言えないのは歴然としている。「個人携行救急品」は米軍の以前のタイプであるIFAKと比べても見劣りしている。ちなみに、"防ぎえた戦闘死"を、IFAKでは2割まで減らせたが、IFAKIⅡでは精鋭のレンジャー部隊ならば3パーセントまで、平均的な部隊ならば10パーセントまで減らせるという。

「個人携行救急品」でIFAKIⅡと同等の救命ができるというのは、あまりにもひどい「大本営発表」なのである。

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