ごろごろと雷よりもおそろしい音が枕元のすぐ近くで響く。臼で米をついている音だが、そんな物音を聞いたこともない光君は、この異様な音が何かもわからずに、ああうるさいとこれには閉口する。……こんな具合にごたごたと雑多なことばかりが多いのです。
布を打つ砧(きぬた)の音が、かすかながらあちこちから聞こえ、空を飛ぶ雁(かり)の鳴き声がそれに重なり、もの悲しい秋の情趣をことさらにとり集めたようで、人恋しさを募らせる。光君の泊まっている寝室は庭に面していたので、引き戸を開けて女とともに外を眺める。ちいさな庭に、洒落た淡竹(はちく)が見え、植えこみの葉の先では露の光がきらめいている。光君の住む広大な邸ではこんなに近くで聞いたことのないこおろぎが、まるで耳のすぐそばでやかましく鳴いているのが光君には珍しくて味わい深い。
…女への愛の深さゆえ、なんでもかんでも味わい深くなってしまうのでしょうね。
信じ切った女を愛しく思う
夕顔の、白い袷(あわせ)に、着慣れた薄紫の表着(うわぎ)を重ねた、華美とはいえないその姿が、華奢(きゃしゃ)で愛らしく、ほかの女よりとくべつどこが抜きん出ているというわけではないけれど、線の細いたおやかな彼女が何か一言言うだけでも可憐(かれん)に思え、ただもう君はいとしく感じるのだった。欲を言えば、もう少し気取ったところがあってもいいのにとは思うが、それでももっとこの人を知りたい、もっと気兼ねなくいっしょにいたいと光君は考えて、言った。
「ねえ、この近くにもっとくつろげる場所があるから、そこに行こう。そこで夜を明かそう。こんなところでしか逢えないなんてたまらないもの」
けれども彼女は、
「どうしてそんなことをおっしゃるのですか。あんまりにも急ですわ」とおっとり返事をして、動こうともしない。
この世ばかりでなく来世までいっしょにいると光君が誓うと、女は信じ切って素直に感動している。その様子が、男女のことに慣れた女とは違って初々しく、恋愛に長(た)けた女には思えない。光君は思いが高じて、人の目を憚(はばか)る余裕もなくなり、女房の右近を呼んで話をつけ、随身にも声をかけ、車を縁側まで引き入れさせた。この家の女房たちも、不安ではあったが、光君の気持ちがいい加減なものではないことだけはわかるので、だれとも知れないこの男を信頼しきっているのである。
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