沈むのをためらう十五夜の月みたいに、行き先もわからないまま出かけるのをためらう女に、あれこれと言い含めているうちに、月は雲に隠れ、空がゆっくりと白んでいく。人目につくほど明るくならないうちにと、光君は急いで先に出て、軽々と女を車に乗せてしまう。女房の右近もあわてて付き添い乗りこんだ。
そのあたりに近い、とある家に着いた。管理人を呼び、光君は荒れ果てた庭を眺める。門には忍草(しのぶぐさ)が生い茂り、木立も鬱蒼(うっそう)として薄暗い。朝霧も深く、車の簾(すだれ)を上げただけで、着物の袖がびっしょりと濡れるほどである。
ひどくこわがって、気味悪そうになる
「こんなふうなことをするのははじめてだけれど、いろいろ気苦労が多いものだね。
いにしへもかくやは人のまどひけむわがまだ知らぬしののめの道
(昔の人もこんなふうに心を惑わせたのだろうか、私が今まで知らなかった明け方の恋の道を)
あなたは経験がありますか?」
光君にそう訊かれた女は、恥ずかしそうに、
「山の端(は)の心も知らでゆく月はうはの空にて影や絶えなむ
(行く先もあなたのお気持ちもわからないのに、あなたを頼りについてゆく私は、山に沈もうとする月のように、空の途中で消えてしまうのかもしれません)
心細いです」
と、ひどくこわがって、気味悪そうにしている。あんなに立てこんだところに住んでいるからそんなにこわがるのだろうと思うと、なんだかおかしかった。
次の話を読む:不思議なほどに愛しすぎ、その思いが人を殺める
*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです
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