「奨学金450万円」借りた女性が中国で就いた仕事 男尊女卑、モラハラ夫、コロナを乗り越えて…

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なんとか大学進学を果たせた戸上さんだったが、実家に大学進学のための資金が存分にあったわけではないため、彼女は日本育英会(現・日本学生支援機構)から第一種奨学金(無利子)を借りた。

「時代的にすでに第二種奨学金(有利子)もありましたが、前述の通り、高校時代から学費減額制度を利用していたこともあり、第一種は申請書を出しただけで通りました。奨学金は親がすべて管理していたため、細かい金額は覚えていませんが、4年間の合計が400万円程度。少なくとも在学期間中の学費を賄う分は確保されていました。

うちにはお金がないことは、わかっていましたから、借りることに抵抗はなかったですね。むしろ『これくらいの額であれば、社会人になって返せないということはないだろう』と思っていたぐらいです」

通学は片道3時間。電車内で勉強漬けの日々

こうして、都内の私立大学に進学した戸上さん。神奈川にある叔母の家に下宿させてもらえることになったものの、通学は片道3時間。そのため、誰もが思い描くような花のキャンパスライフを送ることはできなかったという。

「父がひとり暮らしを許してくれなかったため、毎朝5時半に起きて、家から駅まで自転車で向かい、6時20分の電車に乗ることで、やっと1限目の講義に間に合いました。当時はスマートフォンもなかったので、電車内でできることといえば予習と復習。成績はいいに越したことはないので、真面目に勉強できましたが、その分サークルや友達との飲み会には参加できませんでした。家から大学までが遠く、行くだけで疲れるということもあり、学祭にも参加せず、青春を謳歌することはありませんでした」

なんだか聞いているだけでも、楽しくなさそうな生活であるが、通学時間の勉強は無駄になることはなかった。

「第二外国語で履修していた中国語にハマったんです。もともと、語学学習が好きで、英語にも力を入れていましたが、それ以前から中国語にはなにか惹かれるものがあったんです。そこから、大学2年生まで週2回の語学の講義に熱心に取り組んでいました。折しも当時は『アジア』が流行していた時期でもあり、わたしはその中でも中国の経済成長に興味を持ち、1年生の夏休みには貯金して上海に旅行に行ったぐらいです。そこで、中国の国としての勢いや面白さに触れることができ、ますますのめり込んでいきました」

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