「他人と比べない生き方」では幸せになれない

スクールカーストも比較の回避から生まれた

では、どのような競争が望ましいのか?

おそらくは、競争を否定するより、競争のベクトルを増やすことのほうが賢明だろう。

勉強に勝てなかった子どもが、運動会のときだけは優等生に勝てると思って頑張るということは昔からあったものだ。

勉強やスポーツや音楽といった数少ない競争では、クラスの中で、勝ちの体験ができる人間はやはり少数ということになってしまう。

ひとつでもいいから自分が光るものを探す

たとえば、勉強にしても総合点で競争させるのでなく、科目ごとに順位を発表するというだけでも、勝てる人の数を増やせる。ついでに言うと、秀才と言われる人間でも、何でもできるわけではないという安心感を与える効果もあるかもしれない。実際、理系頭、文系頭というのは確実にあるようで、私も国語は惨憺(さんたん)たる成績だった。

スポーツにしても短距離走が速い人間と長距離走に強い人がいるようだし、球技や体力勝負など勝てるベクトルはいくつもあるだろう。体育を総合的に評価して、5をつけるという発想を変えるべきだろう。

すると、教師の仕事というのは、一人ひとりの生徒で、何かしら勝てるものを探してやるということになるのかもしれない。

誰よりも、虫に詳しい昆虫博士のような子供が昔はいたが、自分の得意な分野で人に勝てるというだけで、けっこうな自信家になれるものなのではないかと、昆虫オタクの養老孟司先生などを見ていて感じることがある。

料理がうまい、カルタが強い、将棋が強い、一発芸がうまい、ダジャレを作るのがうまい、ファッションセンスがいい。何でもいいから、人に勝てるものがあり、それをコフートが言うように認め、ほめてやることで、その子の自己愛は満たされる。

これは、子供の教育に限ったことではない。

人と比べるとか、自信が持てないという人は、自分が勝てるもの、勝てるジャンルを探せばいいのだ。

特に、終身雇用や成長の時代が終わって、何でもそつなくこなす秀才型の人間より、何かに秀でた人間が評価される時代であればなおのことだ。

ロバート・パーカーという、現在、世界でいちばんワインの価格に影響力をもつワイン評論家は、ソムリエでもなんでもない、それほど一流とは言えない弁護士だった。しかし、世間で一流と言われているワインが、自分が飲んでまずい(仲間もまずいと言ったそうだが)と感じたことに触発されて、自分が飲んでおいしいワインは、一般大衆もおいしいと感じるはずだと信じた。そして、これまでの格付けに囚われない、自分の舌にあったワインに高い点をつけるワインの評価を行った。

かくして、自分の取り柄を信じることで、世界一のワイン評論家の地位を勝ち得たのだ。

物が売れない時代であれば、一般消費者の気持ちがわかるだけでも十分な取り柄になる(今の時代は、エリートの多くは、中学校くらいからエリート学校に行っているので、一般の人の嗜好や心理がわからないことが多い)。

かつて『TVチャンピオン』という番組があったが、世の中には、こちらが想像しないようないろいろな取り柄を持つ人がいる。どんな形であっても、社内のチャンピオンになることを目指すほうが、競争を避けたり、どうせ勝ち組にはなれないとあきらめる(まさに、劣等コンプレックスである)より、賢明な生き方だと私は信じている。

なお、つい比べてしまう人の心理については、最近刊行した『人と比べない生き方――劣等感を力に変える処方箋』(SB新書)でも、アドラーやコフートの理論を援用しながら触れている。併せてご一読いただければ幸いである。

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