国際経済は戦争を回避しつつ秩序を取り戻せるか ケインズ著『新訳 平和の経済的帰結』(書評)

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本書の第2章でケインズも指摘しているように、第一次大戦の前まで、世界経済は未曾有のグローバル化の時代を迎えていた。

「1914年8月に終わりを迎えたその時代は、人類の経済的進歩において、何と驚異的な時期であったことだろう…ロンドンの住民は、ベッドで朝の紅茶をすすりながら、電話一本で世界中の各種産物を、いくらでも欲しいだけ注文できたし、その注文品はほぼ確実に、ほどなく自分の玄関に配達された。同時にそれと同じ手段によって、世界のどんな地域にある天然資源や新事業にでも、自分の資産を投資できたし、その将来的な果実や利得の分け前も、何の努力も手間もかけずに手に入った。」

もちろん、当時から大国間の対立はあった。各地でナショナリズムが台頭し、軍事的な衝突も繰り返されていた。「だが、そうしたものは、日々の新聞に載る娯楽の種でしかなく、社会経済の通常の方向性にはほとんど影響を与えないように見えた。社会経済の国際化は、実際問題としてほぼ完成したと思われていたのだ」。ケインズのこのフレーズは、第一次大戦前夜の世界経済の状況を記述したものとして、今も頻繁に引用される。

危うい均衡の上に成り立つグローバル経済

現代人の目からすると、なぜグローバル化した世界で、世界を分断する大戦争が起きたのかが気になるところである。この問いにケインズは正面から答えていない。代わりに提示されるのは、戦前のグローバル経済が、実に危うい均衡の上に成り立っていたという事実である。

19世紀のヨーロッパは、人口増加による食料や原材料の需要を、アメリカ大陸からの輸入によってまかなっていた。ヨーロッパ旧大陸の余剰資本が新大陸に流れ込み、その投資による食料や原材料の生産増と、旧大陸から新大陸への移民増が、人口増による「マルサスの悪魔」の到来を防いでいた。

ところが第一次大戦は、この状況を一変させてしまった、とケインズは言う。アメリカ合衆国での人口増は、余剰食料の旧大陸への輸出を滞らせている。新大陸への余剰資本の流出を支えていた旧大陸の住民の貯蓄習慣も、社会心理の変化によって失われてしまった。ひたすら働いて貯蓄するという、19世紀の「ピューリタニズムの各種本能」は、人びとの消費生活が向上するにつれて過去のものとなりつつあった。

世界システムの周縁で生じた食料不足は、ロシア革命などの社会動乱をすでに引き起こしていた。この先、ドイツの産業競争力を奪い、過大な賠償金を課し、当時中東欧で生まれつつあった国際分業の仕組みに打撃をあたえれば、政情不安はさらに深刻なものとなるだろう。

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