国際経済は戦争を回避しつつ秩序を取り戻せるか ケインズ著『新訳 平和の経済的帰結』(書評)

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人間は、急激な生活水準の低下や食料不足に耐えられない。「人は必ずしも黙って死ぬとは限らない。というのも、飢餓は一部の人々を何かしらの無気力や寄る辺ない絶望へと導く一方で、他の気分もかき立てて、人びとをヒステリーや狂乱した絶望といった、神経質な不安定性へと導くからだ」。ドイツやオーストリアのような人口稠密地域で、まともに食料を手に入れられない状況が続くのみならず、過大な賠償金を課せられ、その賠償金を支払うための外貨獲得の手段さえ懲罰的に奪う戦後体制は、本当に恒久平和を実現しうるだろうか。本書に一貫して流れるのは、そのようなケインズの義憤である。

本書を読むと、戦争を終えることの難しさを痛感する。戦争がなぜ始まったのか、この戦争の責任は誰にあるのか、といった議論はどの戦争にもつきものである。政治家も民衆も、戦争の当事国であればあるほど、誰が戦争の罪を負うべきかについての議論に熱中することになる。

状況認識には悲観的でも行動意志には楽観的

だが、ケインズは本書で、この手の原因論や責任論にはほとんど触れていない。そういう議論は、同時代にいやというほど展開されていたからだ。

代わりにケインズが呈示したのは、復興のためのビジョンである。戦前から戦後にかけての世界経済の構造変化、社会心理の変化を踏まえて、どのように経済を復興させるのか。ドイツへの復讐的懲罰を望む政治家・大衆の世論に逆らって、新たな秩序ある平和をいかに実現すべきなのか。

本書でのケインズは、敗戦国の国力を削減して二度と再生させまいとする旧式の国際秩序観に反旗を翻し、ドイツの復興がヨーロッパ経済の、ひいては世界経済の復興に不可欠であると示そうとした。

この点、ケインズは悲観的であると同時に楽観的でもある。第一次大戦の最中から、ケインズはこの戦争がヨーロッパ文明の没落を招くことを予感していた。ヴェルサイユ講和会議にイギリス大蔵省の一員として参加した際も、交渉が進むにつれて未来への絶望を深めていた。

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