「涙で目もよく見えませんが、このような畏れ多いお言葉を光として拝見いたします」と母君は手紙を受け取る。
「時がたてば、少しは悲しみも紛れるのかもしれません。その日を心待ちにして日を過ごしていますが、日がたつにつれてこらえがたさばかりが募ります。幼い宮がどうしているのかといつも案じております。ともに育てることができないのが気掛かりでなりません。今は私を亡き人の形見と思って、どうか宮中においでください」
などと、心をこめて書かれている。
宮城野(みやぎの)の露吹きむすぶ風の音(おと)に小萩(こはぎ)がもとを思ひこそやれ
(宮中に吹く風の音を聞くにつけても、あのちいさな萩──若宮がどうしているか、ただ思いやられる)
と書かれているが、母君はとても最後まで読むことができない。
娘に先立たれた母の葛藤
「長生きがこんなにつらいものであると、身に染みて感じております。『いかでなほありと知らせじ高砂(たかさご)の松の思はむこともはづかし(古今六帖/こんなにも長く生きていることを知られたくないものだ、高砂の松がこんな私をどう思うかと考えると恥ずかしくなる)』と古い歌にあります通り、私も気が引ける思いですので、人目の多い宮中に参るなど、とんでもないことです。畏れ多くもありがたいお言葉をたびたび頂戴しながら、私自身はとても参内の決心がつきません。若宮は、どこまでわかっていらっしゃるのか、宮中に早く行きたいご様子です。若宮が、おとうさまのいらっしゃる宮中をお慕いになるのはごもっともとは思いながら、若宮とお別れするのが悲しくてたまらない私の気持ちを、どうか内々でお伝え申してくださいませ。娘に先立たれた不吉な身ですから、ここで若宮がお暮らしになっているのも、やはり縁起のいいことではありません。畏れ多いことです」と、母君は言う。
若宮は、すでに眠っていた。
「若宮のご様子をほんのひと目でも拝見し、帝にご報告したいと思っておりましたが、帝もお待ちになっていることですし、夜も更けて参りましたので、今日はこれで失礼いたします」
と言って命婦は去ろうとする。
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