「マッチ作りの少女」の最期は涙なくして語れない 19世紀の欧州に実在した「奇妙な職業」たち
・劣悪環境なのに長寿? 「下水ハンター」
汚水や雨水が流れ込む不衛生の極みである下水道。しかしロンドンのそこに流れ込んでくるものには、ときおり高価な食器や銀のカトラリー、コイン、場合によってはジュエリーも含まれていました。これらを拾って金銭に替え、収入を得るのが「下水ハンター」という職業です。
当時の下水道は非常に危険な場所でした。長年の増築で複雑に入り組み、老朽化した場所は触れてしまうだけで崩れて生き埋めになってしまう恐れもあるという、なんとも恐ろしい所だったのです。さらに有毒なガスが大量に蓄積されている場所もあり、そんなデススポットにうっかり入り込んでしまうと即座に命を落としてしまう危険がありました。
しかし生き埋めよりも有毒ガスよりも下水ハンターたちが恐れたものがありました。それはネズミ。下水道はネズミのパラダイス、むしろ人間のほうが邪魔な侵入者です。ネズミたちは下水ハンターに襲いかかることで知られており、無数のネズミに襲われたある下水ハンターは骨だけが発見されたというエピソードも残っています。このようなリスクを回避するため、下水ハンターはグループで行動するようにしたそう。
さまざまな危険を冒してもなお、彼らは下水ハンターとして仕事を続けました。絶望的な職場環境でありながら当時の労働者階級の中では高収入だったといいますから、やめたくてもやめられなかったのかもしれません。
驚くべきことに、この不衛生かつ危険極まりない職業に従事する人には、60~80歳ほどの高齢者も存在していました。還暦どころか現代のイギリス人の平均寿命、約80.7歳とほぼ変わらない年まで現役とは、なんという生命力。
長寿の理由の1つに、日々のハードな仕事で体を動かしていたため、体力があったことが挙げられます。
究極のブルーカラーの職業といえる下水ハンターですが、その仕事のおかげで、感染症などにかからない限り、健康な状態を保っていられたのです。
しかも長年の経験と知識を活かし、危険な場所を避けつつコインや貴重なアイテムが多く存在するエリアを探せたことで、商売繁盛にもつながりました。懐が豊かになれば栄養価のある食事を摂れ、体調が悪くなっても医者に診てもらう機会が得られます。まさにハイリスクハイリターンで、劣悪な環境の職場にもかかわらず長寿をまっとうできる人が少なくなかったのでしょう。
貧しい人々は困難な人生を歩まなければならなかった
これらの職業のほか、19世紀のヨーロッパには「目覚まし屋」や、街頭に明かりをつけて回る「ランプライター」など、現在ではありえない職業がたくさんありました。
ヴィクトリア王朝時代は上流階級に生まれない限り、疫病や貧富の差が貧しい人々の暮らしを苦しめ、困難な人生を歩まなければなりませんでした。
今となっては滑稽だったり薄気味悪かったり、ときには命を落とすような職業に就いていたのも、すべては生きていくため。そんな時代背景を考えると、義務教育や職業選択の自由が憲法で保障され、平均寿命世界一の日本で暮らす私たちが一笑に付すことはできない気がしてきます。
汚水にまみれた下水道を職場に80歳過ぎまで天寿をまっとうした人がいたことを考えると、むしろ現代に暮らす人よりたくましく、彼らの生きざまから学ぶことも少なくなさそうです。
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