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「要介護4の父」と暮らす決断をした50代の模索 冒険家の父「三浦雄一郎」の大病から始まった

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  • 三浦 豪太 プロスキーヤー、博士(医学)、慶応義塾大学特任准教授
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入院した父は父で大変だったが、同時にもう一つ問題となったのは、母が自宅にひとり残されることだった。

父と同じ年齢の母は、普通に生活できるもののわずかに認知症の傾向もみられる。また、そのことで物事が思いどおりにならずイライラすることも多いようだ。さらに、複雑骨折をした経緯から両膝が人工関節であり、歩行に障がいもある。

そんな母が自分でクルマの運転をしたいと主張する。「私は大丈夫だ」と。

札幌の生活では自動車に頼らざるをえないという母の気持ちもわかるが、もちろん、怖くてとてもハンドルを握らせることはできない。

コロナ禍の日々の中では、母の胃がん(ステージ2)の手術もあった。

手術をすれば大事に至らないとのことだったが、やはり心配だったし、入院生活はコロナ禍で見舞いもままならない。そのことが、認知症を進行させるのではないかという懸念もあった。

どんな状況でも、できることをやるしかない。父のときと同じだ。幸い母の手術は成功し、わずか2週間で退院することができた。認知症にもそれほど影響はなかった。

3人きょうだいでの、介護ローテーションの始まり

父や母の介護のために、姉の恵美里、兄の雄大、そして僕の3人がローテーションで札幌に通う日がつづいた(その途中で僕は札幌に移住し、サポートしやすくなったが)。

父は転院したり、プログラムを変更したりしながらリハビリをつづけていた(写真:『諦めない心、ゆだねる勇気 老いに親しむレシピ』)

姉はプロデューサー的な存在だ。全体を把握していつも冷静な判断をする。リーダーシップをとる。兄の雄大はどこか超然としているというか、事態を達観している。そして、緻密に考え、やるべきことを的確にやる。兄がいるだけでなぜか安心できる。僕は……エベレストやアコンカグアへの遠征のときもつねに父と一緒に行動していたように、現場で身体を動かすことが多いだろうか。

「3人でなんとかやっていこう」。それぞれが負担になるところはカバーし合って介護をしていこう。

父の手術が成功したあとのある日、ワインを飲みながらきょうだいで話し合ったのをよく憶えている。

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