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「要介護4の父」と暮らす決断をした50代の模索 冒険家の父「三浦雄一郎」の大病から始まった

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  • 三浦 豪太 プロスキーヤー、博士(医学)、慶応義塾大学特任准教授
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だが、どうも様子がおかしい。テレビの音がいつもの大音量よりもさらに大きいのだ。いくらなんでも大きすぎる。それでもなんとか眠ろうとしていると、遠くから何やら声が聞こえる。

「お~い。お~いい」

父が呼んでいるのだ。

結果的にはテレビの音を大きくすることで、その声に僕が気がつくのが遅くなったのだが、それは父が僕を起こすためにできる精一杯のことだった。そのとき、父は身体に力が入らなくなっていたのだから。

父のうめき声に気づいた僕が様子を見に行ったのは4時頃。全身が痺れ、動かないという。すぐに救急車を呼んだ。

「頸髄硬膜外血腫」という100万人に1人の珍しい症例だった。

その日の昼すぎから夜にかけて、父は手術を受け、そのまま入院生活に入った。まだコロナワクチンも開発されていない時期だったので、家族の付き添いも制限された。あの頃の医療機関の緊迫感というのは、本当に緊急事態を感じるものだった。

父は、歩くことも、立つこともできなくなり、「要介護4」となった。

リハビリ次第と言われ、「だったら、父には有利だな」

だが、この病気についてよく調べてみると、病状にはいろいろあり、その後は完全に回復している人から、寝たきりになっている人まで差があることがわかった。

「リハビリ次第ですね」と医師は言う。「だったら、父には有利だな」と思った。

これまで、父は骨折などでリハビリは何度も経験してきているし、起き上がれるようになる、歩けるようになる、といった目標を設定すれば頑張るだろう。骨盤と大腿骨の付け根を骨折した大変なときも、普通なら寝たきりになってもおかしくない状態だったのに、数年後にはエベレストに登っていたのだ。

うちの父なら今回も寝たきりにはならず、ある程度は回復するか、もしかすると完全回復もするかもしれないと考えた。

手術後に面会をする母と。父・三浦雄一郎氏は「頑張りようがない」と珍しく弱気だったという(写真:『諦めない心、ゆだねる勇気 老いに親しむレシピ』)

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【母に認知症の傾向が…そして胃がんに】

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