「新しい封建制」をもたらす「意識高い系」エリート 「ディストピア化する世界」を思想家が読み解く

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というのは、例えば気候変動に対するアプローチは市民生活に「戦時体制」に類するきびしい生活上の不利益と制約を要求することになるが、それが実現できるのは強権的な政体だけだからである。コトキンによれば、「問題が複雑になればなるほど、民衆の意見を無視したエリート主導の解決策が必要になる」という「寡頭制の鉄則」がこれからの統治の基本になる。(280頁)

「新しい封建制」の到来を阻止するのは日本なのか

民主主義にとっては絶望的な話ばかりだけれども、果たして現代の第三身分に革命のチャンスはあるのだろうか? これについてコトキンはほとんど実用的な知見を伝えてくれない。

「今日求められているのは、中流・労働者階級にとっての機会の拡大という第三身分の向上心に応えることを主眼とする新しいかたちの政治である」(284頁)とコトキンは書くが、それは「病気になったら、めざすべきは健康である」というのとあまり変わらない。まったくその通りであるけれど、でも、どうやって?

疑問符を頭上に点じながら最終頁までたどりついたところで、コトキンはいきなりこんなことを書いて私の度肝を抜いてくれた。

「日本は、たとえ経済の成長が止まっても、その代わりに精神的なものや生活の質の問題に関心を向けられる高所得国のモデルとなっていると考える学者もいる。日本は将来世界を征服するようなことはないであろうが、高齢化が急速に進む一方で快適な暮らしが送れる、アジアにおけるスイスのような存在になりうると考えている専門家もいる。」(290頁)

ちょっと待ってくれ。日本が「新しい封建制」の到来を阻止する橋頭堡になりうるなどという話をここでいきなり振られても困る。

いや、たしかに世界各国の富裕層の人たちが「精神的なもの」や治安のよさや美食や温泉やスキー場を楽しむために日本を訪れ、「アジアのスイスだな、ここは」と満足顔をするということはもうすでに起きている。

でも、その場合のわれわれ日本人の未来は「富裕層向けリゾートの下働き」として「アジアのスイス」を下支えするというなんだかあまり楽しくなさそうなものに私には思えてしまうのだが。

内田 樹 思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授

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うちだ・たつる

1950年東京都生まれ。思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授。東京大学文学部仏文科卒業、東京都立大学大学院博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論、映画論など。凱風館館長、多田塾甲南合気会師範。著書に『ためらいの倫理学』(角川文庫)、『レヴィナスと愛の現象学』(文春文庫)、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書、第6回小林秀雄賞受賞)、『日本辺境論』(新潮新書)、『街場の天皇論』(東洋経済新報社)などがある。第3回伊丹十三賞受賞。

 

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