「新しい封建制」をもたらす「意識高い系」エリート 「ディストピア化する世界」を思想家が読み解く

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この寡頭支配を理論的に正当化する仕事を担っているのが「有識者(clerisy)」たちである。中世の封建制では聖職者が担ったこの役割を、現代世界では学者、メディア知識人、宗教指導者たちが演じている。アベ・シエイエスの区分を借りれば、彼らが第一身分と第二身分に当たる。

そして、かつてフランス革命の主体となった第三身分の「平民たち」は現代では中流階級と労働者階級の2つに分かたれる。本書はこの「平民たち」に向けて、「立ち上がって寡頭支配と闘え」と訴えるために書かれている。

ただ、いきなり結論を言って申し訳ないが、本書はたしかに寡頭支配の現状については詳細に記述しているが、「平民たち」がどう運動を組織し、どのような綱領の下に連帯して、闘うことができるのかについての具体的な提言は特にしていない。

もちろん、「どうやって革命を始めるか」を知りたくてビジネス書を手に取る人はあまりいないから、それは本書の瑕疵ではない。その代わり、これから世界がどういうディストピアになるかについて、著者はなかなか豊かな想像力を駆使してくれている。

『すばらしい新世界』と『1984』

英米人にはディストピアを詳細に描くことに異能を発揮する人が時々いる。オルダス・ハクスリー(『すばらしい新世界』)とジョージ・オーウェル(『1984』)がその代表格であるが、テクノロジーの暴走的進化によって世界が焦土になり、人類が未開状態に退化するという「ディストピアSF」はアメリカ人の独擅場である。「ディストピアと化したアメリカ」を描いたSF映画を私はたぶん100本は観ている。

なぜアメリカ人はディストピアを描くのがこんなに好きなのか。私は個人的な仮説を一つ持っている。それは「ディストピアを詳細に描くことによって、ディストピアの到来を阻止できる」という信仰をアメリカ人は深く内面化しているということである。現に、核戦争でアメリカが滅びる話を何百回も繰り返して語ってきたこの80年間、核戦争は起きなかった。

私は著者ジョエル・コトキンも、そのような信仰に涵養されて育った人ではないかと思う。だから、「ディストピアの実相」を描くことにはきわめて熱情的だが、「どうやって革命を始めるか」についてはあまり知的リソースを割く必要を感じなかったのだと思う。「ディストピアの実相を描くこと」そのものが「ディストピア到来阻止闘争」のきわめて有効な形態であるとアメリカでは広く信じられているからである。

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