80代の母、主治医に勧められた「胃ろう」すべきか 始めたら中止が難しい「延命治療」という選択

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母親の希望を尊重すると、延命治療はしないということになりますが、私はA子さんに、母親が「やりたくない」とする理由を、もう少し踏み込んで聞くことを提案しました。

体にメスを入れるのが嫌なのか、胃に穴を開けるのが嫌なのか、寝たきりの状態で管から栄養を摂って生きていくのが嫌なのか、あるいはほかに何か理由があるのか。本人に正しく情報が伝わったうえでの「やりたくない」という判断なのかは、慎重に測るべきところです。

何が嫌なのかを明確にするなかで、本人に正しく情報が伝わり、それを本人が理解できているかを探ることもできます。

また、「なぜ嫌なのか」という理由を掘り下げるなかで、それまでA子さんが知らなかった母親の価値観に触れられるかもしれません。

家族の葛藤を伴う「何もしない」選択

何より大切な人が食べられなくなってきたときに、「何もせずに見守る」というのは、家族にとっても大きな葛藤を伴います。いくら本人の希望とはいえ、見守る側としては「本当に延命しなくて良いのだろうか」と気持ちが揺れるものです。

ですから、意思疎通が取れるうちに、本人の希望をしっかりと理解しておくことが、家族にとっても本人を見守るうえで大切になります。

延命治療について考える際には、病気の時期との兼ね合いも重要になります。

例えば、病気の影響で嚥下機能のみが低下している場合には、人工栄養は延命治療ではなく、通常の「治療」の延長となります。しかし終末期の場合には、同じ人工栄養という選択肢であっても、医療の力によって命を永らえる「延命治療」になることが多いです。

今回、A子さんの母親の嚥下機能の低下の理由は難病ですが、パーキンソン病の経過として、嚥下機能が低下するタイミングが終末期ともいえますし、年齢を考えても、終末期に差し掛かってくる段階です。

病気そのものが理由で体が弱っていることに加え、病気としても年齢としても、終末期といえる場合には、人工栄養が治療にあたるのか、あるいは延命治療なのかは、見極めがとても難しいのが正直なところです。加えて、老衰でも病気でも、命の終わりが近づく終末期になると、食べなくなってくるのは、死期が近づいたときの体の自然な流れでもあります。

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延命治療は、命に関わる究極の決断になりますが、大切なのは、家族みんなで正直な気持ちを話し合って選択すること。

私たち医療者も、決断するためのサポートはできたとしても、最終的に何を選択するかは患者さん本人や家族の判断になります。

こうしたことから、延命治療に関する判断は、本人が自分の希望を周囲に伝えておくに越したことはありません。

すぐに答えが出るような問題ではないため、できれば日頃からお互いの価値観を知ろうとしたり、もしものときについて話し合えたりする文化が家族間にあると良いと思います。

(構成:ライター・松岡かすみ)

中村 明澄 向日葵クリニック院長 在宅医療専門医 緩和医療専門医 家庭医療専門医

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なかむら あすみ / Asumi Nakamura

2000年、東京女子医科大学卒業。国立病院機構東京医療センター総合内科、筑波大学附属病院総合診療科を経て、2012年8月より千葉市の在宅医療を担う向日葵ホームクリニックを継承。2017年11月より千葉県八千代市に移転し「向日葵クリニック」として新規開業。訪問看護ステーション「向日葵ナースステーション」・緩和ケアの専門施設「メディカルホームKuKuRu」を併設。病院、特別支援学校、高齢者の福祉施設などで、ミュージカルの上演をしているNPO法人キャトル・リーフも理事長として運営。近著に『在宅医が伝えたい 「幸せな最期」を過ごすために大切な21のこと』(講談社+α新書)。

 

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