民意無視・タイ"野合政権"を成立させた密約とは 第1党が組閣できず民意は置き去り、生き残る大麻

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21世紀に入ってからのタイの政治は、タクシン派対反タクシン派の争いを軸に展開されてきた。

低額な医療制度や農民の債務免除などの政策で北部、東北部や都市貧困層から絶大な支持を集めたタクシン氏に対して、既得権を侵害されると感じる王党派、軍、富裕層や都市中間層が反タクシン派を形成し、選挙で常勝だったタクシン派政権を軍事クーデターや司法による強引な介入でつぶしてきた。

タクシン派の旗印は、選挙によって選ばれた正統性を前面に押し出す「民主主義」だった。他方、反タクシン派がタクシン派を糾弾するスローガンは「汚職」と「不敬」だった。

ところが今回、タクシン派は選挙で第1党となった前進党を切ることで「民主主義」の看板を下ろした。他方、反タクシン派の拠り所だった「不敬」について、国王はタクシン氏の「忠誠心」を認め、「汚職」の罪を10分の1に軽減した。

プアタイを去る「赤シャツ」の指導者たち

タクシン氏は首相在任中からプミポン前国王と折り合いが悪かったとされる。王室にしか許されない儀式を王宮寺院ワットプラケオで執り行って王党派から厳しく批判されたこともある。

2019年の選挙ではワチラロンコン国王の姉のウボンラット王女を自派政党の首相候補に擁立しようとして、国王の逆鱗に触れたこともあった。にもかかわらず王室への「忠誠心」を理由にした減刑は国民の目にどう映るか。

タクシン派の「汚職」と「不敬」を理由に首都の中心部を長期間占拠したりデモを繰り返したりした反タクシン派の勢力は、タクシン氏の帰国にも恩赦にも特段の動きをみせていない。ご都合主義との批判は免れないだろう。

7月28日の記事「民主主義からますます遠ざかる「タイ式」民主主義」で指摘したように、タクシン派の「汚職」と「不敬」を恩赦という形で免罪した王党派は、これまで選挙結果で示された民意をクーデターなどで阻害してきた大儀を失ったものの、当面の既得権は守った。

一方のプアタイとタクシン派は、王党派以上に失うものが大きいだろう。親軍政党との「悪魔の連立」で当面は議会の過半数を維持できるが、所詮は11党の寄せ集めであり、実業家のセター氏は政治経験がゼロだ。政権運営の難航は容易に予想される。

それ以上に、「民主主義」という建前を売り渡したことによるダメージは甚大だ。プアタイは所詮、タクシン氏の利益を最大化するための道具に過ぎないと多くの国民に受け止められたからだ。

タクシン派の運動団体「反独裁民主同盟(UDD、通称赤シャツ)」の指導者で、集会で最も人気のある話者ナタウット元商務省副大臣は、親軍政党との連立に反対してプアタイを離れた。

やはり赤シャツの元リーダーで、今回の総選挙前にプアタイとたもとを分かつこととなったジャトゥポン元下院議員は「タクシンは、もはやファイターでも、民主主義者でも、精神的指導者でもない。自分の利益だけを考えている商売人に過ぎない」と、かつてのボスを罵倒した。プアタイから下院議員らがまとまって離脱するとの噂も流れている。

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