この見立てを前提に、アレストビッチ氏は「ウクライナ全領土をキーウ側とロシアの間でそれぞれの実効支配地域ごとに分割する」といった内容の停戦協定を受け入れるという個人的立場を示した。
つまり、ウクライナ政府側がほぼ現状のまま全土の約80%、ロシアが約20%を占有するとの考えだ。この案を受け入れる前提として、アレストビッチ氏はウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟が認められることを挙げた。ロシアに移譲される国土については、将来的に「非軍事的手段」で取り戻すと強調した。
アレストビッチ氏は、その言動が世界中のウクライナ・ウォッチャーから注目されている。元ロシア下院議員との掛け合いスタイルでアレストビッチ氏が流すユーチューブ・チャンネルは、侵攻に関するチャンネルの中で最もアクセスが多いと言われている。ウクライナ政府の意向を探るため、プーチン大統領も欠かさずチェックするといわれるほどだ。
それだけに、アレストビッチ氏としては、水面下に潜むバイデン政権の「本音」をウクライナ内外に広く知らせるため、意図的に今回刺激的発言をしたとみられる。
「領土分割やむなし」発言の真意
そのアレストビッチ氏による、今回のアメリカ批判と領土分割やむなし発言は、全領土奪還を掲げるゼレンスキー政権の公式的立場とは大きく異なる。しかし、筆者が取材した結果、実はゼレンスキー政権内部でもアレストビッチ氏と同様に、反攻作戦が膠着状態になればアメリカが「タオルを投げ入れ」、停戦協議の開始を提案してくるのではと真剣に警戒され始めていることがわかった。
すでにウクライナ政府は水面下で、ウクライナを最も強く支持しているバルト3国やポーランドなどの隣国に対し、仮にアメリカが停戦交渉開始を提案してきた場合、引き続きウクライナへの軍事支援を継続するか否か、を問い合わせ始めている。停戦交渉開始提案がワシントンから来た場合の対応策を真剣に検討し始めたことを示すものだ。
今回のアレストビッチ発言と、その背景にあるゼレンスキー政権の危機感の直接の引き金になったのは、2023年7月11、12日の両日にリトアニアの首都ビリニュスで開かれたNATO首脳会議だ。
ゼレンスキー政権は、会議でNATO即時加盟が決まることが無理なのことは事前に承知していたが、「ウクライナ戦争終了後」などという形で具体的な加盟の時期や道筋が明示されることを期待していた。
事実、ヨーロッパ各国やトルコは道筋明示を支持していたが、結局アメリカとドイツがこれに反対した。NATO加盟に関してはまったく具体的道筋が一切盛り込まれない、事実上ゼロ回答の共同声明が発表された。
これを受けて、ゼレンスキー政権は、アメリカがロシアとの対決回避のため、停戦交渉による紛争凍結に傾いており、NATO加盟が約束されたものでないことを思い知ったのだ。
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