アメリカの“弱腰"を懸念し始めたウクライナ 戦争の終わりが見えないまま反攻に最大注力へ

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しかし、現在最も注目されているのは南部戦線だ。ウクライナ軍はドネツク州のマリウポリ、ザポリージャ州のベルジャンスクとメリトポリという3つのアゾフ海沿岸の都市に向け、ジリジリと南下作戦を続けている。

キーウの軍事筋は、詳しい場所を明らかにしていないものの、西側でNATO流の訓練を施され、NATO式の戦術や兵器を身に着けた、虎の子の8旅団(1旅団は3000人程度)のうち1個旅団程度が南部に投入されたことを明らかにした。

ウクライナは精鋭中の精鋭旅団を投入か

筆者はこの旅団の投入先を、南部の交通の要衝でもあるメリトポリ方面だとにらんでいる。メリトポリは、ロシア本土からウクライナ東部、アゾフ海沿岸を経由して最終的にはクリミア半島に至る、いわいる地上輸送回廊の要所だ。上記した3都市の中で最もロシア軍の防御態勢が強固といわれる。

執筆時点でウクライナ軍はメリトポリの北方にあるトクマクまで約25キロメートルの地点まで進んできた。これからウクライナ軍を待ち構えるのが、俗に「スロビキン・ライン」とも呼ばれるロシア軍の堅固な防衛線だ。

「竜の歯」と呼ばれる、戦車の侵入を阻むためのコンクリート製の障害物が延々と並べられ、その後ろには塹壕線があり、さらに砲撃用陣地が並んでいるといわれる。また地雷原が広がっている。これらの防御線を突破しないとトクマクには到達できない。

戦況に詳しいイスラエルのロシア系軍事専門家グリゴーリー・タマル氏によると、地雷原は過去例がないほど密なもので、ロシア軍は敷設記録の地図さえ作らないまま、大慌てで地雷を敷設したという。

この地雷原がウクライナ軍の進軍を妨げる大きな要因になっていたが、タマル氏はアメリカが最近供与に踏み切ったクラスター(集束)弾が効果をあげていると強調した。

この弾が投下されると、中から多数の子爆弾が散らばって爆発し、地雷原を広く無効化するからだ。同時に榴弾砲などの火砲面でも、一時は砲弾数で優位に立つロシア軍に押されていたが、最近は高い命中精度を持つ西側製火砲を生かして優位に立ち始めたという。

当面トクマク制圧の可否が今後の戦況の分かれ目になるとみられる。ここからメリトポリに対し、高機動ロケット砲システム、ハイマースで集中的に砲撃できるようになるからだ。射程約80キロメートルのハイマースはゲームチェンジャーと呼ばれるほどこれまで効果を上げてきたが、最近はロシア軍のジャミング(電波妨害)作戦の結果、有効射程が約60キロメートルへ短縮され、命中精度も落ちてきているという。このためメリトポリまで約60キロメートルにあるトクマク制圧の重要性が増している。

ウクライナ軍としては、メリトポリ方面へのハイマース攻撃で、クリミアへの地上輸送回廊を寸断し、さらにアゾフ海沿岸に到達することでクリミアへの攻撃を強めることを狙っている。

しかし、先述したアメリカ政府の動きがあり、筆者はウクライナ軍にとってこの1カ月、つまり2023年8月末までが極めて重要だとみる。その時点までに、それなりの戦果を挙げることができないと、アメリカがタオルを投げてくる可能性が現実味を帯びてくるのではないか。

ウクライナ政府も同様の危機感を持っているとみられる。逆に言えば、今後ウクライナ軍が一定の戦果を確実に重ねていけば、ワシントンが停戦交渉提案を持ち込むタイミングを見失う可能性もあるとみる。

最近、ウクライナ軍はモスクワへのドローン攻撃など、実際の軍事的効果より宣伝効果を狙ったとみられる攻撃を増やしている。これも、アメリカをにらんでウクライナの継戦への強い意志を誇示する狙いがあるのではないかと筆者はみる。反攻作戦継続か、紛争凍結か――。ウクライナにとって、極めて重要な夏の決戦になりそうだ。

吉田 成之 新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長

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よしだ しげゆき / Shigeyuki Yoshida

1953年、東京生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒。1986年から1年間、サンクトペテルブルク大学に留学。1988~92年まで共同通信モスクワ支局。その後ワシントン支局を経て、1998年から2002年までモスクワ支局長。外信部長、共同通信常務理事などを経て現職。最初のモスクワ勤務でソ連崩壊に立ち会う。ワシントンでは米朝の核交渉を取材。2回目のモスクワではプーチン大統領誕生を取材。この間、「ソ連が計画経済制度を停止」「戦略核削減交渉(START)で米ソが基本合意」「ソ連が大統領制導入へ」「米が弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約からの脱退方針をロシアに表明」などの国際的スクープを書いた。

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