ロシア側の公式な主張は、「ウクライナ側による核施設での破壊工作を阻止するため」というものだ。しかしこの「核テロを防ぐため」という、ロシア政府関係者が公に語る目的は、ザポリージャ原発長期支配を説明するには不十分だ。核物質軍事転用を本気で恐れたのならば、ウクライナのすべての核施設を管理下に置かなければならない。さらに、膨大な核燃料を貯蔵しているチョルノービリ原発から軍を撤退させたことも説明がつかない。
こうした疑問に関して、ウクライナ原子力規制国家監督局元長官のグリゴリー・プラチコフ氏の分析が興味深い。2022年8月11日のForbesウクライナ版記事において同氏は、ザポリージャ制圧には主に以下3つの目的があると指摘している。
(1)産業スパイ目的:同原発におけるアメリカ製核燃料や技術情報の取得
(2)電力インフラ争奪目的:ロシア送電網につなぎクリミアやロシア本土への供給に使う
(3)軍事拠点転用目的:ウクライナ軍が攻撃しにくい後方軍事拠点としての利用
これまでの同原発をめぐる両国の動きを見る限り、この整理は妥当だと評価できる。それぞれについて検証してみたい。
むき出しにされた軍事転用目的
(1)について、同原発ではアメリカ・ウェスチングハウス製核燃料や同ホルテック製の使用済み燃料貯蔵システムが使用されている。2023年4月19日付のアメリカCNN報道によれば、アメリカ・エネルギー省はロシア国営ロスアトムに対する書簡で、ザポリージャ原発にアメリカの輸出規制対象の技術があることを認め、ロシア企業が許可なくそれら技術を入手・利用することは違法だ、と批判している。
しかし、ロシア側の専門家は制圧後、比較的早い段階で必要な技術情報を取得し、すでに産業スパイ目的は重要ではなくなっているとみられる。
(2)について、ロシアが同原発を電力インフラとして利用する目的があったことは明らかだ。
時系列で見ると、2022年4月にロスアトムによる事実上の支配が始まる。その後、ロシアのフスヌリン副首相が「同原発をロシアへの電力供給に使い、余った電力をウクライナに売る」という意図を表明した(同年5月18日付のコメルサント紙)。10月には大統領令で同原発をロシア国有資産とし、同原発運転を担当するロシア国営企業も設立された。「核テロを防ぐことだけが目的」であるのなら、これらはすべて必要のない手続きだ。
なお「電力インフラ争奪目的」は、すでにほぼ達成不可能になっている。2022年8月から9月にかけて原発に電力を供給する主要な送電線はすべて破壊され、その後すべての原子炉が停止を余儀なくされた。IAEAの報告書によれば、同年11月2日には5号機および6号機が冷温停止状態に移行した。その後、同原発で一部熱供給は行っているものの発電は行われていない。
それでは経済的価値を失ったザポリージャ原発をロシアが支配し続ける理由は何なのだろうか。それを説明できるのが(3)の「軍事拠点転用」だ。
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