家康が信長の仇討たず「伊賀越え」選んだ複雑事情 家臣たちの意見は?なぜ逃避行を怖がったのか

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『徳川実紀』には、茶屋清延が土豪に金を与え、道案内させたこと、一揆の者どもが道を遮ったときは、本多忠勝が力を尽くして、これを追い払ったことなどが書かれている。

また、同書にも『三河物語』と同じく、家康が伊賀の者に温かく接していたことで、同地の人が助けてくれたことが記載されている。

家康も殺されていた可能性がある

こうして、堺から三河へと無事に帰ることができた家康だが、もし堺ではなく京都にいたならば、光秀は軍勢を差し向け、家康をも殺していただろう。

それを思うと、本能寺の変の際、堺にいたということは、家康の運の強さを示すものかもしれない。

家康は、本気で信長の弔い合戦をするつもりであった。家康は尾張清洲城に逃れていた三法師(信長の孫、後の織田秀信)を擁し、光秀を討つ算段だったようだ。

6月14日、尾張国鳴海へ出陣した家康。数日後、そこにまた驚くべき知らせが家康のもとに、届けられることになる。

濱田 浩一郎 歴史学者、作家、評論家

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はまだ こういちろう / Koichiro Hamada

1983年大阪生まれ、兵庫県相生市出身。2006年皇學館大学文学部卒業、2011年皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。専門は日本中世史。兵庫県立大学内播磨学研究所研究員、姫路日ノ本短期大学講師、姫路獨協大学講師を歴任。『播磨赤松一族』(KADOKAWA)、『あの名将たちの狂気の謎』(KADOKAWA)、『北条義時』(星海社)、『家康クライシスー天下人の危機回避術ー』(ワニブックス)など著書多数

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