70歳3人に応援された野球少年「土壇場」の奇跡 小説『おかげで、死ぬのが楽しみになった』第1話(8)

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もう何があったとしても、必死に走ることを、やめはしない。

もう何があったとしても、がんばったことを、恥じたりしない。

私だけが約束を破るわけにはいかないから。

その時、目の前がチカチカと光った。

白内障のせいだろうか。瞬きをして、もう一度目を凝らす。

いや、違う。

キャッチャーミットからこぼれ落ちようとするボールが、ひときわ輝きを放って見えた。

導かれるように、息を吸う。

身体中の熱を喉に集め、一気に放出した。

「周、いっけえ!」

私の予想はやっぱり当たらない。

試合はまだ終わっていなかった。

走れ、走れ、走れ

ボールがキャッチャーの後ろを転がり始める。

周くんは、一塁へ走り出す。キャッチャーに対しピッチャーが「後ろ」と指示する。その間に三塁ランナーがホームベースを駆け抜けた。これで一塁がセーフなら逆転だ。

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周くんは腕を振り乱し、足をもつれさせながらも、懸命に地面を蹴る。息は上がり、口は曲がり、白い顔を真っ赤にして進む。

キャッチャーが捕まえたボールを一塁に投げる。

けれど、私は信じていた。

笑われても走ってきた日々が、歩いてでも走ってきた日々が、報われないわけがないだろ。

走れ。

走れ。

走れ。

フェンスに顔をめり込ませ、彼の背中に向かい、叫びつづけた。

遠未 真幸 小説家

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とおみ まさき / Masaki Tomi

1982年、埼玉県生まれ。失われた世代であり、はざま世代であり、プレッシャー世代でもある。ミュージシャン、プロの応援団員、舞台やイベントの構成作家を経て、様々な創作に携わる中で、物語の持つ力に惹かれていく。『小説新潮』に寄稿するなど経験を積み、本作を6年半かけて書き上げ、小説家デビュー。「AかBかではなく、AもあればBもある」がモットーのバランス派。いつもの道を散歩するのが好きで、ダジャレと韻をこよなく愛す。

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