70歳3人に応援された野球少年「土壇場」の奇跡 小説『おかげで、死ぬのが楽しみになった』第1話(8)

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「監督。次オレに打順が回ってきたら、代わりに周を出してもらえませんか」

健斗くんだった。

監督は「バカ言うな」と呆気に取られながら答える。

「誰よりもがんばってきた周が、一度も打席に立てないまま終わるのは、なんか嫌なんですよ。オレがきつい練習をがんばれたのは、諦めないこいつに負けたくなかったからなんで」

健斗くんの言葉に、あの日の練習が蘇る。バッティング練習も、ダッシュ50本も、周くんが健斗くんのようになりたくて、彼の側でやっているのだと思っていた。でも意識していたのは健斗くんの方だった。「一番のライバルはチームメイト」というインタビュー記事が頭をよぎる。

「周。オレは今から腹が痛くなる予定だから、おまえが代打な」

健斗くんがバットを差し出す。予告ホームランならぬ予告腹痛。周くんはしっかりと健斗くんを見つめ返し、こくりと頷きバットを受け取った。

「おまえら、ふざけるなよ」

怒鳴る監督に対し、「お願いします」と健斗くんが頭を下げた。困惑する監督は、「どうなっても知らないぞ」と被っていたキャップを放り捨てた。

「いったい何をやってるんですか」

騒ぎを聞きつけた運営スタッフが駆け寄ってきた。部外者は出て行ってください、と腕を掴まれ引きずられる。その手を必死に振り払い、周くんに向かい声をかけた。

「私も約束します。笑われても、歩いてでも、走る」

周くんは小さく頷き、キャップを深く被り直した。

さらに数人のスタッフが駆けつけ、私たちはグラウンドの外に押し出される。

人生初の退場処分。

だが、悪い気はしなかった。

「情熱の炎は熱いほど青くなる」

「わっ、やったあ!」

グラウンドのフェンス越しに希さんが声を上げた。

2アウトと追い込まれたミラクルホークスの選手が、右中間を破る大きな当たりを打った。同点のランナーがホームに還り、バッターは三塁へ。一打出れば逆転勝利。そして、周くんがバッターボックスに向かう。

彼はボックスの前で立ち止まり、一礼した後、ゆっくりと足を踏み入れた。ずっと立ちたかった場所。この一打席のために、どれだけの汗をグラウンドで流し、トンボで均してきたのだろうか。「今度こそ絶対に打ちますから」という試合前の言葉を思い出す。

初球、2球目。ため息が球場を包む。しかし周くんは落ち着いた表情で、再びバットを構える。相手投手がセットポジションから振りかぶり、右腕を大きくしならせた。指先から放たれたボールは、一直線にキャッチャーミットへ向かう。ボールのスピードに合わせるように、周くんの左足がタイミングよく地面を蹴り上げた。肘を小さく折りたたみ、腰を素早く回転させ、叩きつけるようにバットを振った。

そのバットが、見事にボールを捉える――ことなく、空を切った。

望んだ結果には繋がらなかった。

残念ながら願いは叶わなかった。

映画のような奇跡は起きなかった。

――バットにボールが当たらないのに、逆転なんて無理に決まってる。

こんな時に限って、私の予想は当たってしまうのか。

あきらめろ。

期待などするな。

身の程をわきまえろ。

その声に、あの日と同じ絨毯の灰色が広がる。

私は観念し、深いため息をつく──代わりに大きく息を吸い、「灰色退場!」と叫んだ。そして、真っ青な空に、名乗りを上げる。

「私はブルー。情熱の炎は熱いほど青くなる」

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