判定は、アウト。
自分たちが絞り出した声援よりも遥かに大きな親たちのため息に、呑み込まれていく。
巣立、やっぱり努力は裏切るじゃないか。
1点リードされたまま、とうとう6回裏を迎えた。小学生は6イニング制だから、これが最後の攻撃となる。
私は席から身を乗り出して、ベンチの様子を窺った。周くんの横顔が見える。彼は、試合の様子を他人事のように、ぼうっと眺めていた。あのバッターボックスに立ち、ボールを打ち返すために今日まで走り続けてきた。その夢が、潰えようとしている。
彼の目から輝きが失われていく。その瞳に、いつかの自分が重なった。
その時、聞き覚えのある声がした。
「引間さん……っすよね」
横の通路に立つ男性に、じっと目を凝らす。
「村下か?」
10年ぶりに会う犬顔の部下だった。
「なんでここに」
「それはこっちの台詞っすよ」村下はあの頃と変わらない口調で言った。「息子の試合を観に来たんですけど、最近残業続きで、つい寝坊しちゃって」
「一塁側ってことは、ミラクルホークスなのか?」
村下は決まりの悪そうな笑みを浮かべた。
「俺に似て野球は好きなんですが、これまた俺に似て、野球が下手なんです。ただ今日は初めて背番号をもらえたみたいで」
そう言って、ベンチの端を指さした。
「えっ? 周くんか」
「かっちょいいっすね」
「なんでうちの息子を知ってるんですか」
村下が目を丸くする。
「でも、苗字が……」
「5年前に離婚したんですよ。榎木は妻の旧姓でして」
「そうだったのか……」
「なに、責任感じてる、みたいな顔してんすか。俺の人生に、そこまで引間さんの影響力ないですから」
久しぶりに聞いた村下の軽口に、眉間の皺がほどけていく。
「っていうか、引間さんは何してるんすか」
「いや……」
私が逡巡していると、板垣が、おほん、と咳払いをして名乗りを上げた。
「俺らは、全ホモ・サピエンスにエールを送る応援団。その名も──シャイニング!」
応援団に対する、少年たちの冷めた反応が頭をよぎる。
しかし村下は「かっちょいいっすね」と興奮気味に言った。
「周のチームを応援しに来てくれたんすか」
「おうよ。っていうか、おまえが熱いオヤジか」
「熱いかどうかはわからないっすけど、熱い人に憧れてはいます」
村下がはにかみ、こちらに視線を寄越す。
「うちのブルーのこと、よくわかってるじゃねえか」
なぜか板垣が握手を求め出す。
「ブルーって、いいっすね」と板垣の手を握り返す村下に、私は「ほめ言葉らしいからな」と皮肉を返す。
「そういや」板垣が村下を見上げる。「周、オヤジとの約束を守ってるぞ。笑われても、歩いてでも、走れ」
「あいつまだそんなこと言ってるんですか」
村下が照れたように頭をかいた。そして、何かに気づく。
「それ、もとは引間さんのことですからね」
「なんだって?」
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