少しきつい言い方になりますが、自分がしたくないことを受け入れてしまう人は優しいのではなく、「人生の主導権を手放してしまっている人」ともいえるのです。
アルフレッド・アドラーが提唱したアドラー心理学は、「幸せになるための心理学」とも言われ、『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健著・ダイヤモンド社)がヒットしたこともあり、広く知られるようになりました。
このアドラー心理学には、“課題の分離”という考え方があります。
アドラー「課題の分離」とは?
人間関係のなかで問題が生じた場合、それは「その結果を引き受ける人がだれか」を明確にすることが大事になる、というもの。「もしその結果を引き受ける人が自分であるとしたら、それは自分の課題でもあるので、自身が責任を持って対応すべきで、他人をそこに踏み込ませてはいけない」のです。逆に、他人の課題には踏み込んではいけません。
人間関係のトラブルの多くは、この課題の分離ができない(人を自分の課題に踏み込ませる、自分が人の課題に踏み込む)ことから生まれるというのが、アドラーの考え方です。自分の課題は自分の大切な領域なので、生きるためにときには必死に守る必要があるのです。
さて、須磨崎さんのケースですが、その費用を負担し、(結果の良し悪しは別として)その影響を受けるのは須磨崎さん自身です。したがって、これは明らかに須磨崎さんの課題であり、叔母さんはそこに踏み込もうとしている他者なわけです。
もし、須磨崎さんが不本意ながらお金をかけてサプリメントを飲むのであれば、それは大きなストレスになります。自分の意思に従って生きるという道を放棄することになるからです。
課題の分離ができていない人は、過干渉な人との付き合いに距離を置くことができず、他者の領域侵犯を繰り返し許してしまう傾向があります。これが積み重なると、怒りの感情を押し殺して生きなければならず、ひいては生きる意味が感じられないというところまで行きついてしまいます。
ですから、このような場合は勇気を出して、きっちり断ること。自分の課題に自身が責任を持つことに何の後ろめたさを感じる必要もないですから、「サプリメントは飲まないと決めたから、その話はもうやめましょう」と断ればいいのです。
断ったことで気分を害するような人は課題の分離ができていないので、そのまま距離をとりましょう。自他の境界がわからない人との関係を続けることのデメリットは、計り知れません。
距離をとることで、「孤独になるのが怖い」と思われるかもしれませんが、心配はいりません。課題の分離ができるようになると、自身もそれまで無自覚に行っていた他人に対する過干渉をしなくなります。そして、自分を尊重してくれる人との人間関係が広がっていきます。
「いやいや、人間関係はいろいろあって、そうもいかない。相手の気持ちを害さないように気づかわなければいけないケースもある」というご意見もあるでしょう。たとえば自分の人事権を持っている人や、取り引きがあるクライアント先などが相手となるケースです。気分を害すると別の形で悪影響が生じるのではないかという不安はあると思います。
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