この保険の持つギャンブル性を見失うことなく、しっかりと保険の本質を見据えているのがイスラムの教えです。イスラムと言うと、最近は過激派によるテロばかりが強調されますが、本来は神の下での平等を説き、他宗教も容認する「寛容」な宗教です。ただ、コーランの教えは飲酒や豚肉食を禁じ、女性の服装も厳格に取り決めるなど、生活の細かなところまで規定しています。そして、賭け事や利子についてもタブー視しています。
イスラムでは結果が不確かな取引、不明な取引は認められません。これはガラル(不確実性)と呼ばれ、イスラム法で禁止されています。保険は契約時点では、将来保険金の支払いを受けることになるかどうか不確実です。また、その保険金額も不確定ですから、ガラルに反していると考えます。
またガラルに派生して、保険にはマイシール(賭博性)が内包されていると考えます。なぜならば、保険では少額の保険料を払い、万一の場合には支払った保険料をはるかに上回る高額な保険金を受け取るからです。他方、なにも事故が起こらなければ、支払った保険料を失うことになります。だから保険は賭博と見なされ、マイシールの教えに反します。我々にはごく当たり前に思われる保険の仕組みが、イスラムでは賭博と考えられているのです。
このようにイスラムの教えは、保険の本質がギャンブルであることを見抜いています。そこで、イスラム社会ではイスラムの教えに反しない保険制度を新たに開発し、普及させようという動きが近年活発になってきています。それが「タカフル」と呼ばれる、イスラム独自の保険制度です。マレーシア、サウジアラビア、アラブ首長国連邦などのイスラム諸国で発達しています。
相互扶助に根ざすイスラム保険「タカフル」
「タカフル」とはアラビア語で「相互扶助」を意味します。タカフルは相互扶助の概念を柱に据え、イスラムでは認められないいくつかの要素(賭博性のほかに、不確実性、金利など)を取り除いた保険として開発されています。しかし、だからといって、タカフルは欧米や日本の保険とまったく別種の保険ではありません。それどころか、一見したところどこが違うのかわからないほど似ています。その理由は、タカフルが開発された背景にあります。
イスラム社会でも生活の安心安全を守るために、また企業活動を多様なリスクから守るためにも、近代的な保険ニーズは存在します。しかし、イスラムで禁止されている要素を内包する西欧の保険をそのまま導入することはできません。そこで、不確実性、賭博性、利子などを「相互扶助」、「寄付」、「収益配分」などの言葉で読み替え、解釈し直すことでイスラム社会に取り入れようと工夫された保険がタカフルなのです。
たとえば、タカフルでは保険金や給付金を「寄付」と解釈することで、保険は「いつ」「いくら」もらえるかわからない、という不確実性を排除するよう工夫されています。また保険の貯蓄性を高めることで、保険料と保険金の金額倍率を低く抑え、「一攫千金」的賭博性を排除します。このアプローチは日本が明治時代、西洋の進んだ技術を日本に導入する際に、伝統的な保守派に配慮して工夫された「和魂洋才」の考え方とよく似ていています。欧米の進んだ保険技術を取り入れる必要性に迫られているイスラム諸国は、「西洋の進んだ近代保険技術は導入するが、イスラムの魂はしっかりと残す」と考えるのです。タカフルはイスラムの伝統的教えに沿って近代保険を解釈し直し、イスラム社会が導入できるように工夫された保険制度なのです。
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