30代半ばになると、職場や親戚との雑談で「結婚しないの」「子どもが産めなくなるよ」と言われることが多くなった。同僚や友人との恋愛話では、Aさんの性別を変えて話すこともあったが、今度は「そんなに長く付き合っているなら、どうして結婚しないの」と聞かれてしまう。「付き合っている人はいない」と答えると、「いい人いるよ」と紹介や見合い話を持ってこられた。
そんな結婚や出産にまつわるプレッシャーから逃れたい、親にも安心してもらいたい。Aさんや自分に何かあったときに配偶者がいると社会的手続きの利便性が高いなどの理由から、ケイさんは「友情結婚」に踏み切った。
近年、インターネットで友情結婚を検索すると、「性的関係を持たない結婚」という新しい家族のカタチが出てくる。今は異性間との友情結婚もありうるようだが、もともと、ゲイやレズビアンが世間体から自分を守りながらパートナーとの共同生活を続けるために、異性と法律婚をすることから始まった。
結婚式の祝福に複雑な心境
ケイさんも2000年半ば、友情結婚のお見合いパーティに参加したり、コミュニティの掲示板を見たりしていた。そんなとき、長年、同じ悩みを抱えるゲイのカップルと出会い、数カ月後、その1人と友情結婚をすることになった。
ケイさんはうそを最小限にしたいという気持ちから、婚姻届の提出と周りへの事後報告という、いわゆる地味婚を希望した。だが、新郎は親族や会社にアピールしたいという強い希望があったため、折れる形で結婚式、披露宴、二次会と、一般的な結婚の儀式をすべて行った。
新郎は喜んでいたが、ケイさんは多くの人々からの祝福に、複雑な気持ちになったという。
結婚式の当日もケイさんと新郎はそれぞれのパートナーが住む家に戻り、“夫婦”で一緒に時間を過ごすことは、ほとんどなかった。
ケイさんはこう振り返る。
「婚姻届1枚で、生活の実態や気持ちの通い合いのない夫との関係は、法的にも社会的にも守られます。一方、長年一緒に暮らして『伴侶』としか表現のしようがないAさんとの関係は、祝福を受けないどころか、何の保障もないことを改めて突き付けられました」
結婚式の日も、それ以降も、家族や周囲に対する罪悪感にさいなまれた。うそにうそを上塗りした結婚は、1年ほどで破綻し離婚となった。
ケイさんは法廷で、こう意見陳述した。
「もし、異性と変わらない形で結婚できていたら、20年間、ずっと2人だけの閉じた世界にいることはなかった。家族や職場、友人に開かれた関係であったなら、喜びや悲しみを共有したり、愚痴を言ったり、相談したり、サポートを求めたりすることができたでしょう。私たちは、社会生活において、お互いの存在をないものとして振る舞い、マジョリティに合わせたうそをつき続けることで、ストレスが澱(おり)のように蓄積されていました」
ケイさんは戸籍謄本が必要な手続きがあり、取り寄せたことがあった。その紙には元夫の氏名と結婚と離婚を届け出た年月日は記載されていたが、人生の20年以上、連れ添った元パートナーAさんの痕跡はどこにもなかった。
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