くら寿司「赤字転落」がさほど深刻でない理由 回転寿司と100円ショップ「値上げ戦略」の明暗

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これは実は、凄まじいやせ我慢の世界です。本来、仕入れコストや光熱費、人件費などのコスト上昇という現実に直面して、それを吸収すべく220円商品、330円商品を増やしていたはずが、結局のところ110円商品が生む利益に頼らなければ経営が成り立たないわけです。

業界ではセリアだけが全品110円販売にこだわる姿勢を見せていますが、全体的にコストが上がっていることを考えるとそれも苦しい対応です。値上げしても苦しい、値上げしないとさらに苦しいというのが100均業界の現実になり始めています。

100均業界と回転寿司業界の明暗を分けているものは何でしょうか? 私はそれは100円というデジタルな価格の刻みを前提に置いてしまったことの弊害だと考えています。

100円刻みの価格にこだわる危うさ

同じ100均業界でも海外店舗では状況は少し異なります。ダイソーの場合、海外店舗は日本円に換算すると180円ショップになっている国が多いのです。価格も中国の10人民元、韓国の1000ウォンのようにキリのいい国もありますが、そもそもキリがいいところにその国の為替レートがくるわけではありません。

少し古いデータですが紹介しますと、ダイソーが2021年に公表した世界の価格はアメリカは1.5ドル、台湾は49元、タイは60バーツ、インドネシアは2万5000ルピア、オーストラリアは2.8ドルです。そういった国々では均一価格がなぜその価格なのかは現地の消費者にとっては謎でしょう。

100均の未来はどちらがいいのでしょうか。私は今の100均業界のままだと、近い将来300円ショップになることで生き残る以外の未来が描きにくいという、ビジネスモデルに脆弱性を抱えた業界に見えて仕方ありません。脆弱性の原因は、100円刻みの値上げにこだわる業界としての因習です。

誰も試していないことですし、実際やるとなると勇気がいると思いますが、私は100均はある日突然140円ショップになってもお客さんはこれまで通りついてきてくれるように思います。海外の100均店舗もそうですし、回転寿司の業界もそうなのですから。

この先、日本全体のインフレ率がどうなるのか短期の予測は難しいところですが、長期的には今の日本は価格上昇方向にさまざまな要因が向かっています。そのような時代にビジネスモデル上の脆弱性は、変化の大きな時代には足かせです。生活者としては好きな業界なので、100均業界には何とかうまく値上げを成功させる形で生き残ってほしいと私は思います。

鈴木 貴博 経済評論家、百年コンサルティング代表

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すずき たかひろ / Takahiro Suzuki

東京大学工学部物理工学科卒。ボストンコンサルティンググループ、ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)を経て2003年に独立。人材企業やIT企業の戦略コンサルティングの傍ら、経済評論家として活躍。人工知能が経済に与える影響についての論客としても知られる。著書に日本経済予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』(PHP)、『仕事消滅 AIの時代を生き抜くために、いま私たちにできること』(講談社)、『戦略思考トレーニングシリーズ』(日経文庫)などがある。BS朝日『モノシリスト』準レギュラーなどテレビ出演も多い。オスカープロモーション所属。

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