正しさより「優しさを選ぶ人」人生のゴールが違う がんの悩みを乗り越えた人が手にする生き方

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このように、がんというのは、年齢が進むと、少しずつその存在を意識せざるをえなくなっていく病気ですから、この特徴ゆえに、人間関係で苦しむという結果がもたらされやすいわけなんですね。

けれど、ただ苦しむだけではないんですよ。不思議かもしれませんが、がんで苦しむことで、逆に、人間関係が良くなることも多いんです。

苦しみの向こう側に、楽は必ずある

人間はいつか必ず死にます。そんなことは誰でも知っていますが、日常生活でそれを意識することはほとんどありません。

ところが、がんになると否応なく、

「いつか自分も必ず死ぬ」

という事実を目の前に突きつけられ、恐怖に襲われるわけです。

私は、がんを告知されて死の恐怖に打ちひしがれている人に、よくこう言うんです。

「いつか死ぬのは確実です。でも、いつ死ぬかは確率でしかありませんよ」

いつ死ぬかなんて、誰にもわかりません。そんなわからないことのために、生きている今を台無しにするのは残念じゃないですかと、暗に問いかけてみるんです。

すると、たいていの人は少し落ち着きます。そして、これをきっかけに自分がいつか死ぬという事実を受け入れられるようになるんですね。

死を過度に恐れなくなると同時に、人生観も変わります。

「何のために生きているのか」

と考えるようになるからです。

死の恐怖は孤独の恐怖でもあります。自分一人で死んでいかなくてはならない寂しさを思うからです。

けれど、その孤独感から抜け出すとき、自分以外の人が居てくれることの大切さに気付くんです。そして、自分の身近な人を傷つけてまで自分の評価を上げても仕方がないと思えてくるんですね。

「いつか死ぬのは確実。でも、いつ死ぬかは、ただの確率」

という言葉を納得して、「正しいこと」よりも「優しいこと」を選べる人になると、自然に、それまでよりも人間関係が良くなるんです。

がんになると、ほとんどの人は人間関係で精神的に苦しい思いをします。けれど、それを乗り越えれば、逆に人間関係の面で楽になるんですね。

苦しみの向こう側に、楽は必ずあります。

それを信じてください。きっと、人生が好転しますから。

樋野 興夫 順天堂大学名誉教授

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ひの おきお

順天堂大学名誉教授、新渡戸稲造記念センター長、恵泉女学園理事長。1954年島根県生まれ。医学博士。癌研究会癌研究所、米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、米国フォックスチェイスがんセンターなどを経て現職。2002年癌研究会学術賞、2003年高松宮妃癌研究基金学術賞、2004年新渡戸・南原賞、2018年朝日がん大賞、長與又郎賞。2008年順天堂医院に開設された医療現場とがん患者の隙間を埋める「がん哲学外来」が評判を呼び、翌年「NPO法人がん哲学外来」を設立し、理事長に就任。これまで5000人以上のがん患者と家族に寄り添い生きる希望を与えてきた。その活動は「がん哲学外来カフェ」として全国各地に広がっている。

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