北海道「釧路湿原」侵食するソーラーパネルの深刻 天然記念物も生息する日本最大の湿原に異変

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黒澤さんはその事業地を歩き、タンチョウの羽がごっそり落ちていたのを見つけた。「タンチョウは換羽時期、つばさの羽が抜けるシーズンは安全な場所に退避し身を隠すんです。そういう場所になっていたのでしょう」

国立公園区域内のメガソーラーの前で建設前に歩いた事業地の様子を振り返る黒澤さん(撮影:河野博子)

「事業地を休息やエサ探しに利用していたタンチョウは見られなくなった。でもノビタキなどの小さな草原性の鳥は、それほど減っていないものもあったと聞いている。それはソーラーパネルを設置する時の工法と関係している」と黒澤さんは指摘する。

盛り土をして地盤を固めるのではなく鉄パイプを刺す工法を取ったことで、周辺の自然環境への悪影響が減ったという。「太陽光発電施設をどうしても建てたいという事業者には、環境や生態系に影響が少ない工法をとってもらうことも一つの手になる」と黒澤さんは考える。

釧路市は条例化を視野にガイドライン公表へ

釧路湿原の太陽光発電の問題は昨年12月以来、毎日新聞(ウェブ版)や北海道新聞などが取り上げて波紋を広げた。鶴居村が「美しい景観等と太陽光発電事業との共生に関する条例」を昨年1月に制定するなど釧路湿原の釧路川流域5市町村は動き出していた。釧路市の蝦名大也市長は今年3月、市議会で「条例化を視野にガイドラインを作る」と表明した。

釧路市は6月中旬に始まる市議会定例会でガイドラインを公表し、その後、条例化の検討に入る。「まずはガイドラインで釧路湿原という豊かな自然環境を守っていくということを明確に打ち出す」(市環境保全課)としている。

国の関係省庁、関連自治体、専門家、市民団体で構成する「釧路湿原自然再生協議会」は今年秋、設立20年を迎える。釧路川の蛇行復元事業などにより、自然環境の回復が進む。協議会会長の中村太士・北海道大学農学研究院教授は「日本最大の淡水魚イトウの生息が確認され、自然産卵の野生サケが増えた」と振り返る。

ようやく自然が回復してきた今、浮上した太陽光発電施設の乱立問題。中村会長は「生物にとって重要な場所を明らかにして、市の条例でこういう場所は建設を抑制する、こういう場所は建設方法について市や関係者と協議する、というように具体的に地図の上で見える化する必要がある。景観が損なわれ観光に悪影響を及ぼすという懸念も大きい」と指摘している。

河野 博子 ジャーナリスト

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こうの ひろこ / Hiroko Kono

早稲田大学政治経済学部卒、アメリカ・コーネル大学で修士号(国際開発論)取得。1979年に読売新聞社に入り、社会部次長、ニューヨーク支局長を経て2005年から編集委員。2018年2月退社。地球環境戦略研究機関シニアフェロー。著書に『アメリカの原理主義』(集英社新書)、『里地里山エネルギー』(中公新書ラクレ)など。2021年4月から大正大学客員教授。

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