ウクライナ戦争の停戦を邪魔する西欧のロシア観 「ロシアは野蛮」というワンパターンに陥っている

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もっともマルクスのために付け加えておくが、マルクスは、アーカートのファナティックさを懸念していた。だからこそ、この人物の怪しさを周りの人から諭され、「彼についてはまったく仲間などではなく、パーマストンに関すること以外彼とは何の共通性もない」と、やがて主張することになったのだ。

このマルクスの論説を快く思わなかったロシア人がいた。それは、西欧人のロシア嫌いの典型的な思考回路に辟易していた、帝政ロシア時代の哲学者・作家だったアレクサンドル・ゲルツェン(1812~1870年)である。

彼は、マルクスがアーカートの言説を無批判に採用していることを、こう批判している。

「すべての者をロシアの手先だと考え、またそのように公然と語っていた人物(アーカート)は、マルクスという第一級の、無名の天才をとりまいていたドイツの不遇の政治家たちの一味にとって、掘り出された宝のもののようであった」(ゲルツェン『過去と思索』金子幸彦訳、世界文学大系、筑摩書房、第二巻、1966年)

思考回路の閉塞性を打ち破れ

とはいえ、マルクスは自らロシア語を学び、ロシア人と文通することで、それまで影響されてきた西欧的ロシア観からやがて脱却していく。さすがにマルクスは、優れたジャーナリストであったのだ。

しかし今、ウクライナ戦争の言論は、いったいどうなっているのであろうか。こうした西欧のパターン化した議論を、ただ垂れ流しているだけではないだろうか。冷静に、相手の立場も考えるという努力をしているといえるのであろうか。

ワンパターンの思考回路は、確かに受け入れやすい。しかし、それを乗り越えてこそ、ジャーナリズムの真骨頂があるのではないか。たとえ非国民とののしられようと、しっかりとした見識をもつことはウクライナ戦争の停戦を導くためにも重要なのだ。

的場 昭弘 神奈川大学 名誉教授

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まとば・あきひろ / Akihiro Matoba

1952年宮崎県生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。日本を代表するマルクス研究者。著書に『超訳「資本論」』全3巻(祥伝社新書)、『一週間de資本論』(NHK出版)、『マルクスだったらこう考える』『ネオ共産主義論』(以上光文社新書)、『未完のマルクス』(平凡社)、『マルクスに誘われて』『未来のプルードン』(以上亜紀書房)、『資本主義全史』(SB新書)。訳書にカール・マルクス『新訳 共産党宣言』(作品社)、ジャック・アタリ『世界精神マルクス』(藤原書店)、『希望と絶望の世界史』、『「19世紀」でわかる世界史講義』『資本主義がわかる「20世紀」世界史』など多数。

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