ウクライナ戦争の停戦を邪魔する西欧のロシア観 「ロシアは野蛮」というワンパターンに陥っている

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開戦から1年経つが、ウクライナ戦争では停戦への兆しが見えない。その背景には「ロシアは野蛮だ」という短絡的な思考も影響しているようだ(写真・ artfoliophoto/PIXTA)

人間の思考は、すでにすり込まれたイメージを壊すことを嫌う。すり込まれたとおりのことが起こると、安心するのだ。敵国への憎悪となると、多くの場合、このワンパターンの思考回路から生まれている。

この思考回路から出ると、仲間はずれになり、時として非国民の烙印を押されかねないからだ。こうして人間の自由な思考は停止し、唯々諾々とオウムのようにワンパターンの言説に従うのだ。

プロパガンダは、すり込まれたイメージを増幅することで起こる。すり込まれたイメージを、一般には偏見という。しかし、偏見ほど楽なものはない。なにしろ考えたり、調べたりする手間が省け、おまけに仲間もそれに簡単に同意してくれるからだ。内輪だけで盛り上がるとはこのことをいう。

しかし、こうした偏見を外交担当者が持つと、それは大変なことになる。だからこそ、フランスのルイ14世時代の外交官であるジャン=クロード・カリエールは『外交談判法』の中で、こう述べているのだ。

「間違いを犯したくなければ、彼らの物の考え方を考慮に入れることが必要である。…… 自分自身の考え方を、いわば脱ぎ捨てて、相手の立場に身をおき、いわば相手そのものとなり、相手と同じ考え方や気質になることである」(坂野正高訳、岩波文庫、95ページ)

相手の立場を考えないで、自らの思考パターンだけを押しつければどうなるか。それは徹底した対立と戦争という悲惨な結果を招くことになる。その典型的な例のひとつが、19世紀のクリミア戦争(1853~1856年)へ至る西欧のロシアに対するワンパターンの思考回路だったともいえる。19世紀に増幅された憎悪が、結果的に戦争へと導いたのである。

クリミア戦争という前例

オーランドー・ファイジズという人の『クリミア戦争』(上下巻、染谷徹訳、白水社)という書物がある。クリミア戦争に至る過程の中で、ロシアに対する紋切り型の考えが西欧に広まっていった過程が、そこでうまくまとめられている。

とりわけ1812年、ナポレオンがロシアに侵攻するちょうどそのときに出版された『ピョートル大帝の遺書』という偽書の出現が、その発端だという。現在この書物は偽書であり、ピョートル大帝のものではないことはわかっている。しかし、この書が作り上げたイメージは、強烈であった。

たとえこれが偽書であったとしても、「ロシアはアジア的で、根っからの侵略者で、世界征服をねらっている野蛮で危険な国家である」という、現在に至るまで繰り返される「西欧のロシアに対する思考回路」が、これによってつくりあげられたことは間違いない。

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